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83:メンシオスと……-2

 屋敷の扉が閉められる。

 それを見て私は屋敷の主へと視線を向ける。


「それで?一体何のために皆識りの魔骸王メンシオス程のモンスターが私を出迎えたのかしら?」

「屋敷に招いて茶でも、吾輩はそう言ったが?」

 屋敷の中に私と皆識りの魔骸王メンシオス……フルムスを支配する者の中でも最も強力で危険なレイドボスしか居なかった。

 そして、そのメンシオスは私の言葉に肩を竦め、吐けないはずの息を吐くポーズを見せる。


「有り得ない。貴方は茶どころか飲食と言う行為自体必要のない骸の体でしょうが」

「ほう」

「まあ、生粋のヤルダバオト神官であるモンスターがスィルローゼ様の代行者である私を目の前にして、皆封じの魔荊王ロザレスと言う存在しないモンスターの名前を出して屋敷に招き、会話に興じようとしていると言う事実も有り得ない事ではあるのだけど」

「カッカッカッ、よく分かっているではないか」

 メンシオスは黒いローブに隠された薄金色に輝く骨の体を動かすと、私から距離を取る。

 ただそれは戦うためではなく、お互いの体格差を考慮して、会話しやすい距離、警戒を行える距離を考えてのものであるようだった。

 そうして距離を取ると、敵意が無いことを示すように、何処からともなく黒い椅子のようなものを出現させて腰かける。


「だが現実として有り得ている。吾輩はエオナ、貴様がフルムスに来たことを魔人王ファシナティオは勿論の事、魔人王ファシナティオの部下にも教えていない。これは貴様らと吾輩たちの関係を考えれば、明確な離反行為であるが……ま、これだけでも吾輩にとって魔人王ファシナティオがどういう存在かが分かると言うものだろう?」

「そうね。よく分かるわ」

 恐らくだが、メンシオスにとってファシナティオは利用できる範囲では利用するが、自分の目的を達成するのに邪魔ならば排除する、そんなスタンスなのだ。

 現にメンシオスの屋敷の中にはメンシオス以外のヤルダバオト神官の気配は殆どなく、その何れもが私とメンシオスの居るこの場に寄って来る気配すらない。

 同時に外のヤルダバオト神官たちも、私たちが屋敷の中に入った途端に諦めたように何処かへ行ってしまった。


「で、結局要件は?」

「エオナ、貴様に少し質問がある」

「質問ね……答えるとは限らないわよ」

「カッカッカッ、答える可能性がある。と言うだけでも、危険を冒した甲斐があると言う物よ」

 質問……か。

 まあ、フルムス潜入に当たって幾つかの面倒事を回避できたと考えれば、最低限の返答ぐらいはしてもいいだろう。

 ゲーム時代でも強敵だったレイドボスであるメンシオスの機嫌をこの場で損ねるのは流石に危険すぎると言うのもあるが。


「さてエオナよ。まずは確認だが、貴様は吾輩の来歴を知っているか?」

「来歴?どうやってモンスターになったのか、と言う事かしら」

「その通りだ」

「それなら多少は把握しているわ」

 私は以前ルナとビッケンに話した魔骸王メンシオスの話をメンシオス当人にする。

 対するメンシオスは私の話に相槌を返しながら、真剣に聞いている。

 そうして私が一通り話し終わったところで、メンシオスが口を開く。


「カッカッカッ、流石はエオナと言ったところか。よく知っている。そう、吾輩はそのような来歴を持つモンスターとして『Full Faith ONLine』に産み落とされた」

「そう、喜んでもらえるのは幸いだわ」

「だがエオナよ。その話には妙な点が無いか?」

「妙な点?」

 メンシオスの言葉に私は首を傾げる。


「そう、とてもとても奇妙な点だ。そして、当人である吾輩にとっては看過しがたい穴でもある」

 奇妙な点、看過しがたい穴。

 一体どういう事だろうか?


「吾輩がルナリド神官である事は別にいい。今はもう見放した相手であり、見放された相手でもある。元人間であるのに身長が3メートルを超えていることも、禁忌の術の影響か、ヤルダバオトの加護の影響で済ませていいだろう。何度も殺されたことも、封印されたことも、気にしなくていい。現実となった今となっては大したことではない」

 私はメンシオスの言葉に少しずつ異常が露わになっていくのを感じる。

 そして、その異常が何故当人にとって看過できないものなのかも理解していく。


「問題は何故吾輩が禁忌の術を修めようと思ったのか。本来ならば吾輩の根幹を為すであろう部分が吾輩の記憶の中から抜け落ちている点だ。貴様等はこの質問に答えられるか?」

「それ……は……」

『……』

 そう、メンシオスと言う存在にとっての本当の始まり。

 何故許されざる道に走ったのかと言う原点。

 それが私の記憶しているメンシオスの設定にも、メンシオス自身の記憶からも抜け落ちていた。

 同時に悟る。

 この質問は私に向けてのものではない。

 私を通して、この場を見ているであろうルナリド様たちに向けたものである、と。


「確認は取らせてもらうわ。ただ、先に言っておくわよ。ほぼ間違いなく、貴方にとって最も望ましくない答えが返ってくるわ」

「構わない。吾輩はただ真実を知りたいだけであるからな」

 ルナリド様が動き出している気配は何となくだがある。

 だから、直に答えは返ってくるだろう。

 しかしミナモツキの件から考えて……メンシオスにとっては苦痛でしかない答えである事は想像に難くない。


『分かった。話をしよう。エオナ、逃げる準備を済ませ次第、僕の言葉を一言一句違えずに伝えてくれ』

「どうやら話はしてくれるようよ。メンシオス」

「そうか、感謝する」

 だから答えを聞いたメンシオスがどう動いてもいいように、私は跨っている茨の馬を何時でも走らせられるように身構えつつ、ルナリド様の言葉を伝え始めた。

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