81:砦にて-5
「どうしてって言われても……持っていないものは持っていないんだから、仕方がないじゃない」
「いや待て、片方ならそれでも分かるぞ。分かるが、どうして両方とも持っていない」
何故ルナは驚いているのだろうか。
確かにPVP……特に都市間模擬戦争においては、『ルナリド・ムン・ミ=フェイス・トランス』は自分の顔を一時的に変えられる魔法と言う事で、装備品も一緒に変える事で敵の目を誤魔化せる魔法として有効活用されている。
『ルナリド・ムン・ミ・トランス』にしても、短い時間かつ見た目だけと言う制限があるが、自分の姿を自由自在に変えられる魔法として、要所要所での活躍が見込める魔法ではある。
また、どちらの魔法も潜入調査系のクエストで用いると言った特殊な用途が存在している魔法である。
「なんでって言われても、使う機会が無かったし?」
「は?ならお前、潜入系や変装が必須のクエストは……」
「あんなの普通に化粧で誤魔化せるじゃない」
「「「!?」」」
が、『Full Faith ONLine』と言うゲームにおいて、攻略に絶対に必要な魔法など極々一部。
実質的にあらゆるプレイが可能と言うのは伊達ではなく、変装が必須の場面でも魔法による変装だけではなく、単純な化粧と衣装替えで誤魔化してもいいし、そもそもそう言う場面に陥らないように特殊なルートだってあったはずである。
なので、私としては天幕の中に居るプレイヤーの過半数以上が驚いている今の状況には少々面を食らっているのだが……顔には出さないでおこう。
「まあ、そもそもとして私は『悪神の宣戦』直前にようやくスィルローゼ様の魔法のアインスをコンプリートした程度のプレイヤーなのよ。流石にサブ信仰であるルナリド様の魔法、それも用途が限られている上に代替手段がある魔法まで完璧に持っていろってのは無理があるわよ」
「あの魔法で習得する気は……」
「ない。自由に割けるリソースがあるのなら、私はその全てをスィルローゼ様に注ぎ込むわ」
「流石は狂信者……」
「まあ、アンタはそうよね……」
「ブレないニャア……」
「何とも言えませんね……」
「「「……」」」
それよりも重要なのは、私にはその二つの魔法は必要なく、習得する気もないと伝える事だ。
だから私は腕を組み、胸を張り、仁王立ちに近い立ち方で堂々と宣言する。
自分の為に好きな魔法を習得できると言うのであれば、スィルローゼ様の魔法を習得するのが最優先である、と。
「コホン、アインスをコンプリートしている時点でどうかと思うけど……まあ、それは置いておくニャ。とりあえずエオニャンの化粧技術は前に見たことがあるから分かるけど、よほど親しい相手か、目ではなく魔力なんかで感知されなければ大丈夫だと断言しておくのニャ」
「そうか、ノワルニャンがそう言うのなら、潜入についてはどうにかなるか。ああ、必要な物があるなら倉庫の方から持って行け、そう言う潜入用の装備として、わざとボロい見た目にしたローブなんかはある」
「あ、それは必要ね。後で他に必要な物と一緒に貰っておくわ」
どうやらルナは納得してくれたらしい。
潜入用の装備品も支給してくれるそうだから、それならばどうにかなるだろう。
「サロメ。これで懸念は解消できたか?」
「はい、問題ないです。ギルマス。ギルマスが考えているであろう残りの注意事項なり指示なりは、私たちは聞いておかない方がいいでしょうし」
「あー、いや、そうだな。これだけは先に言っておこう」
これで潜入についての話は終わり。
と、行きたいところだが、まだ少しだけあるらしい。
「エオナ、明々後日の夜明け。私たちがフルムスに攻め込む時の指示だ」
「何かしら?」
フルムスに潜入したら、その後に指示の類を追加で出す事は出来ない。
だから、先にこの場で私に必要な指示をルナは出しておくつもりであるらしい。
「もしも戦闘が可能であるようならば、グレジハト村での戦いで最初に放ったあの一撃。アレをフルムスの何処かに向けて叩き込んでくれ」
「アレを撃ったら建物にもかなりの被害が出ると思うけど?」
「建物への被害は別に構わない。それよりも一瞬でいいから、あの派手な見た目で敵の目を内側に引き寄せたい。そしてそれ以上に、敵の戦力を削いでおきたい」
「なるほど。ま、自分の姿を隠す魔法くらいなら持ち合わせがあるから、やっても問題は無いわ」
ルナの指示には複数の意図がある。
一つは敵の戦力を最初の不意打ちで一気に削ると共に、敵の混乱と誘導を狙うと言うもの。
一つは私の生存確認。
そして、建物への被害は構わないと言う話からして……超長距離砲撃の類も行うつもりなのだろう。
加えて、私が認識していない意図もあるに違いない。
「そして、あの規模の攻撃は私からの指示が無い限りは、その一回だけにしてくれ」
「分かったわ」
こっちはまあ、単純な理由だ。
誤爆、誤射の防止。
あの規模の攻撃を乱戦の中で放つのは無理がある。
槍が刺さった後の茨については操れても、その前の爆発的な衝撃波については制御できるような代物ではないのだから。
「ではエオナ。エオナは早速で悪いが、行動を開始してくれ。私たちはこのまま本格的な攻略会議を始める」
「分かったわ」
最後に情報漏洩の防止として、私に必要以上の事は知らせない、と。
流石はルナである。
「じゃ、やれるだけやってくるわ」
「頼んだ」
そうして私は天幕を後にし、準備を整えてからフルムスへと向かった。