80:砦にて-4
「以上が『整月の指輪』及び『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』の効果であり、ルナリド様からの情報だ」
「ふうん……」
翌朝。
ルナは砦に居る隊長格を集めて、昨日行ったルナリド様への神託魔法の結果について話をした。
でまあ、『整月の指輪』と『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』の効果については、まあいいとしてだ。
七大神様に代行者を作る気が無いと言うのは……少々衝撃的な話である。
「まあ、納得はするわね。代行者が有している権限や能力は非常に大きい。私にも扱いを誤ったら大変な事になると言う自覚もある。だから、ルナリド様含め、七大神様が今後の事を考えて自分の代行者を作りたくないと言うのは筋が通っているわ」
しかし納得も行く。
他の代行者も私と同じような能力を有すると考えた場合。
最低でも相手が自分と同じ神を信仰しているかどうかは分かるし、同じ神を信仰している相手に対しては強い影響力を発揮する。
信仰値が上限値である255を超えるために魔法の威力も跳ね上がるし、信仰の力に耐えるべく肉体の構成も人間から外れるようになる。
そして、ルナたちには話していないが、私が体から茨を生やせるように、モンスターの能力に近い人ならざる力を有するようにもなる。
これが七大神であるルナリド様の代行者にも起きると考えたら……それこそ、ただその場に居るだけで周囲に大きな影響を与える様な事になるだろう。
それが七大神の代行者と言うものである。
「そうだな。私も代行者になりたいとは思っていなかったのが本音であるし、対抗策そのものは手に入った。この結果によってまた別の問題も発生するだろうが……それはまた後で考えるべき事。まずは目の前の苦難を乗り越えることに専念するべきだろう」
ルナの言葉に全員が頷く。
別の問題と言うのは……まあ、クレセートの狸親父共の事だろう。
確かに色々と言ってきそうではある。
だが、フルムスの件が優先であるから、仕方がないし……いざとなればルナリド様当人の意思をスィルローゼ様と私経由で語ってしまえばいいだろう。
そうすればルナリド神官である以上は納得するしかないはずだ。
「さて、フルムス攻略だが……今からおおよそ72時間後。明々後日の夜明けとともに各村に最低限の守備だけを残して、全方位からフルムスに攻め入ろうと考えている」
「相手がこちらが対抗策を手に入れたことを察する前に。と言う事かしら?」
「その通りだ」
妥当な所だろう。
私と言う封印によってリポップを許さない存在が居ることは既に伝わっているから、警戒度は既に相応の高さになっているはず。
その相手の警戒網にルナが手にした対抗策の情報が引っ掛かる可能性は否めない。
しかし、フレンド間の通信が出来なくなった今の『フィーデイ』では情報の伝達にも、その後の行動にもこれまで以上に時間がかかる。
だから72時間。
これが行動を開始できる最短だろう。
「しかし、フルムス攻略に当たって、幾つかの懸念事項がある。メンシオス、ファシナティオ、ミナモツキと言った敵ネームドに、元プレイヤーのヤルダバオト神官。そして……強制的にヤルダバオトを信仰させられているだけの一般プレイヤーとフルムス住民の安全確保だ」
「「「……」」」
「私たちがフルムス奪還を掲げている以上、彼らを見捨てると言う選択肢はない。そしてそれ以上に、彼らが人間の盾にされた時、この場に居る面々や一般の兵士たちがマトモに武器を振るえるとも思えない」
懸念事項は他にもある。
シュピー含め、戦力としても人質としても使える人間の存在だ。
はっきり言おう、魅了してか、脅してかは分からないが、気付きさえすればファシナティオの性格上、間違いなく彼らを人間の盾のような非人道的な使い方をしてくる。
それをされてしまえば……この場に居る大多数は戦えなくなってしまう。
「つまり、フルムス攻略の前には、可能な限り多くの救助対象を事前に保護しておく必要があると言う訳だ」
だから、ルナの言葉は正しい。
問題は……
「一応聞いておくけれど、フルムスに潜入、調査している部隊だけで救助と保護は可能?」
「無理だ。人数はともかく、戦闘能力が圧倒的に足りない。と言うより、部隊レベルに求めていい戦力量ではない」
「まあそうよね」
その救助と保護を行う誰かは場合によっては、一人でフルムスに存在している全戦力と正面からやり合わなければいけないと言う事だ。
そんな事はよほどの好条件に恵まれても、“人間”には不可能だろう。
「つまり私の出番ね」
「頼めるか?」
「救助した人間を上手く保護してもらう人員として、調査潜入しているプレイヤーに協力してもらう必要はあるけど、救助と戦闘そのものはどうとでもしてみせるわ」
だから私が出る。
迂闊に戦えば復活出来ないように消されると言う恐怖に、スィルローゼ様たちの魔法、それに代行者としての能力を組み合わせれば、目的の達成は可能だろう。
「では頼……」
「ちょ!待つニャ!ギルマス!本気でエオニャン一人で行かせる気かニャ!?せめて一人くらいお供を……」
これで話はまとまる、そう思った時だった。
ノワルニャンが抗議の声を上げる。
内容は一般論としては至極マトモな物だが……
「必要ないから。たぶん単独の方が動きやすいし、内部の状況的に複数人で行く方が良くないわ」
「必要ないだろう。エオナだぞ。最悪、フルムスの上空に跳んで、誰も手を出せない高さから都市の外に逃げ出せるだろうし」
「えええぇぇぇ……」
まあ、今の状況と私には意味がない物である。
しかし、抗議の声はまだあった。
「ギルマス。私からも一つ指摘」
「なんだ?サロメ」
それはサロメからの物。
その内容は……
「エオナはゲーム時代から有名人だった。今となっては敵にとって最大の脅威。となれば、相手に顔を知られているんじゃない?その点についてはどうするの?」
私の顔をどう誤魔化すかと言うもの。
それは確かに考えておくべき内容だろう。
「そこはルナリド様の魔法である『ルナリド・ムン・ミ=フェイス・トランス』でも使えば……」
「あ、私、その魔法は使えないわ」
「……。では効果時間に問題があるが、『ルナリド・ムン・ミ・トランス』を……」
「そっちも持ってないわね」
「「「……」」」
天幕の中に沈黙が満ちる。
そして次の瞬間。
「エオナアアァァ!?貴様一応はルナリド様の神官だろう!?どうして姿を変える魔法を持っていない!?」
ルナの叫びが天幕の中で広がった。