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8:神託

「分かりました。では、予定通り明日から彼も神官の修行に加わってもらいましょう。信仰さえ取り戻せれば、彼はきっと私以上に素晴らしい神官になるでしょうから」

「ええ、お願いします」

 私は七大神の神殿付きの神官にジャックの事を頼むと、神殿を後にする。

 そして、家で掃除道具一式を取り出すと、家の隣にあるスィルローゼ様の祠へ向かう。


「スィルローゼ様、お掃除をさせていただきますね」

 スィルローゼ様の祠は本当に小さなものだ。

 なにせ私の腰くらいの高さしかない祠の中に、スィルローゼ様を象った石像が置いてあるだけ。

 周囲に幾重も茨が茂っているのもあって、ロズヴァレ村の村人でなければ、どうしてか誰も処理しない茨の塊があるようにしか思えないだろう。

 それでも今は『Full Faith ONLine』の中で私が茨の位置を調整して、祠を訪ねたい人間まで邪魔しないようにしたり、掃除を小まめにするなどした成果が残っているおかげだろう、昔よりは祠を訪ねやすくなっている。


「ふふふ、相変わらずの御姿ですね」

 さて、そんなスィルローゼ様の姿だが……恐らく、茨と封印の神と言う名前からでは、まるで想像できない姿だろう。

 祠の中にあるスィルローゼ様の石像は、ドレスを纏った私のように見る者全てを惹き付けるような華やかで鮮やかな御姿ではない。

 どちらかと言えば地味な方で、可憐と呼ぶのが正しい少女の姿をしている。

 けれど見れるものが見れば分かるだろう。

 その少女が人間などとても及ばない美しさを秘めていることに。

 そして見る者が見れば気づくだろう。

 その少女がとても強い意志と力をもって祈りを捧げていることに。


「可憐で、けれどそれ以上に力強い御姿です」

 そう、スィルローゼ様は茨と封印の神。

 だが、その茨は私のような手入れを怠れば直ぐに見るも無残な姿になるような園芸品種の薔薇ではなく、過酷な自然環境の中であってもなお美しく咲き誇り続ける原種の薔薇。

 私はその強さと美しさに惹かれ……本気の祈りを捧げるようになった。

 『Full Faith ONLine』がゲームの世界であり、スィルローゼ様が架空の存在であると言われてもなお、私は祈りを捧げ続け、仕え続けた。

 そうするに相応しい御方であると私が感じたから。


「これでよし、と」

 やがて祠の掃除は終わり、チリ一つ祠の中には無い状態になる。

 祠の周囲でスィルローゼ様の依り代でもある石像を守っている茨たちも心なしか輝いているように見える。

 うん、我ながら実にいい仕事をしたものである。


「さて、今日他にやることと言うと……」

 時刻は夕暮れ。

 既に村の各所からは炊事の煙が上がっている。

 私も出来るだけ早く夕食の準備に移るべきだろう。


「……。試してみるべき。なんでしょうね」

 けれど私はその前に一つ、今後のために試しておきたいことがあった。


「すぅ……はぁ……」

 掃除用具を片付けた私はスィルローゼ様の祠の前で跪き、両手を組んで、祈りの姿勢をとる。


「茨と封印の神スィルローゼ様。不遜な申し出である事を承知の上で求めます。どうか偉大なる貴方様のお言葉を卑小なる我が身へとお聞かせくださいませ。『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』」

 私が発したのは信仰している神への神託を求めるための魔法。

 『Full Faith ONLine』の時には一部のクエストで必要とされる以外には、ヒントを聞くか、趣味で用いるかぐらいしか使い道が無いと言われていた魔法である。

 けれど、現実化した今ならば?

 もしかしたらもしかするかもしれない。

 そんな思いから私は『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』を使った。


「……」

 結果は?

 遠い、とても遠い何処かに向けて、スィルローゼ様に向けて私の力と祈りが流れていくのは感じた。

 本当に遠い、人の歩みでは千年かけても辿り着けないような遠さがある場所だった。

 けれど神と信徒の間にある繋がりを介した祈りにとって距離と言うものは大した問題ではない。

 だから私は力を流し続けた。

 そして、スィルローゼ様に祈りが届くと思った時だった。


「ぐぎっ!?」

 私の祈りは目には見えない力による一撃で阻まれた。

 一瞬ではあるが私の呼吸が止まり、視界が真っ白になった。

 だが、その一撃で私は理解する。

 悪と叛乱の神ヤルダバオトは存在している。

 私たちプレイヤーと言う神官を『フィーデイ』に引き摺り込み、殺すことで他の神々の力を削ぎ、世界を己の者にしようとしているのだと。

 そして、その為に世界中の魔王と呼ばれる強大な力を持つモンスターたちに力を与え、ゲームの『Full Faith ONLine』であった数々の楔を外そうとしているのだと。

 そんな事をされれば……『フィーデイ』は壊滅する。

 楔の中には人が命脈を保つのに欠かせないものが幾つも存在しているのだから。


「やって……くれるじゃ……ないの……ヤルダバオト……」

 だがそれ以上に許しがたいことがある。


「私からスィルローゼ様への祈りを邪魔するだなんていい度胸をしているじゃないの」

 それは私の魔法を妨害したこと。

 AIではないスィルローゼ様に会って、御姿を見て、話をする機会をヤルダバオト如きが奪ったこと、それが最も私の癪に障った。


「潰す」

 故に私は一つ決めた。


「絶対に潰す」

 この先帰る手段が見つかっても、ヤルダバオトの企みは完膚なきまでに叩き潰すまでは帰らない。


「私の信仰と存在、その全てを賭けて潰してやる。貴方も、貴方の眷属たちも、全て潰してあげるわ」

 そう決めた。

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