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6:神殿にて-1

 翌朝。

 朝の祈りを終え、朝食を摂った私は、村長と共に村一番の大きさを持つ建物でもある七大神の神殿へと向かう。

 なお、村の中かつドレスがまだ乾いていないという事で、私が身に着けているのは極普通の村娘と言った感じの衣服に、愛用の剣を佩いているだけである。

 尤も、戦闘能力は大して変わらない。

 『Full Faith ONLine』ではステータスを上げるのが見た目に影響を与えない宝珠であり、武器防具は殆ど見た目を変える役割しか持たないからだ。


「お待ちしておりました。村長殿、エオナ様」

「うむ、こちらこそよろしく頼む」

「今日はお願いしますね」

 七大神の神殿に着くと、神殿に詰めている元NPCの若い男性神官が姿を現す。

 ゲーム時代に見た覚えのある顔であるが……私の名前を知っていることからして、どうやら彼も含めて、ロズヴァレ村の村人は全員私の顔見知りと言う事になっているらしい。


「変わらず掃除が行き届いていますね」

「ありがとうございます。ルナリド様の神官でもあるエオナ様にそう言っていただけると幸いです」

 神殿の中には『Full Faith ONLine』の頃と同じように掃除が行き届いていて、祭壇の奥には七大神の姿を模した七体の石像が埃一つない姿で立っている。

 七大神……『Full Faith ONLine』の世界である『フィーデイ』でも特に力を持つ陰陽五行を司る七柱の神。

 確か……


 陽と生命の神サンライ

 陰と黄泉の神ルナリド

 火と破壊の神バンデス

 金と文明の神シビメタ

 木と豊穣の神ファウド

 土と守護の神ソイクト

 水と調和の神ウォーハ


 だったか。

 この七柱は司るものだけでなく名前もよく知られており、その名前を知らない者はこの世界では新人プレイヤーか赤子ぐらいなものだろう。

 ちなみにスィルローゼ様の知名度はこの村の住民か一部のプレイヤーしか知らない程度であり、スィルローゼ様の意向もあって、神殿も私の家の隣にある祠だけである。

 本音を言えば、スィルローゼ様の信徒である私としてはもっと多くの人々にスィルローゼ様の事を知ってもらいたいのだが、スィルローゼ様自身が嫌がっているので大々的に広める事は出来ず……なんとも悩ましい話である。

 と、そろそろ意識を戻すか。


「さて、エオナ様には早速他の神官に会ってもらいたいのですが……」

 私と村長は神官に連れられて、神殿の中を通り、神殿本体の裏手にある宿舎へとやってきていた。

 神官の話によれば、この宿舎の一角に引き籠っている神官たちが、地下に暴れて拘束された神官が居るらしい。

 なお、この宿舎は『Full Faith ONLine』でもプレイヤーが使える宿泊施設として、活用されていた建物である。


「何か問題が?」

 で、神官の顔色からして何か問題が起きているらしい。


「ええ……会っていただく予定だった神官たちが集団自殺しました。今朝、様子を見に来た時には、もうこの状態でした……」

「これは……なんと……」

「そうですか」

 宿舎の一室の扉が開かれる。

 その部屋は床も壁も天井も家具も血と臓物と肉で彩られていて、少女神官だったと思しき物体が6人分、それぞれ違う死に方で死んでいた。


「誰かが最初に死を求め、その一人を殺した誰かが別の誰かに殺されて、殺し合いになって、信仰が無くなって魔法による安易な自殺が出来なくなった最後の一人が縄で首をくくった。と言うところですか」

「私もそう思います」

「うっ、すみませんが、儂は席を外させてもらいます。これは流石に……申し訳ない」

 村長が姿を消す中、私は汚物と血の匂いが立ち込めている部屋の中に入る。

 そして、剣で縄を切って首吊り死体を床に落とすと、彼女たちへせめて死後は安らかであるようにとの祈りを捧げる。


「エオナ様。エオナ様は何者か分からぬ神から神託を受け取ったと聞いています。そして、その神託によって神官たちの一部がおかしくなったと、そう村長に仰ったそうですね」

「ええそうですね。スィルローゼ様への揺るがぬ信仰心を持つ私には対して影響はなかったようですが」

「その神とは……悪と叛乱の神ヤルダバオトではないのですか?」

 私は神官が出した名前にほんの僅かにではあるが眉を顰める。


「その可能性については否定しません。どの神からの神託だったのかは私には分かりませんでしたから」

 悪神ヤルダバオト。

 獣や植物、あるいは人間、果ては物質や想念に加護を与える事でモンスターに変え、世界を我が物にしようと企んでいる敵の総大将。

 プレイヤーたちが神官として各地で活動し、モンスターを倒し、問題を解決するのも悪神ヤルダバオトの企みをくじくためである。

 そのため、百を超える神々が実装されている『Full Faith ONLine』の中で、唯一プレイヤーが信仰する事が出来ない神でもある。

 だが、悪神ヤルダバオトは未実装。

 分霊やアバター、分身とでも呼ぶべき存在すら実装されていない。

 5周年アップデートでもその予定がなかったくらいなもので、一部のプレイヤーたちからは『運営がヤルダバオトを実装したらゲーム終了の合図』と冗談交じりに言われていたくらいである。

 しかし、『Full Faith ONLine』現実となった今ならば……悪神ヤルダバオトが存在していてもおかしくは無いのかもしれない。

 そう、悪神ヤルダバオトならば。


「と言うより、何かをされたと感じはしても、明確な意図のようなものは一切感じはしなかったのです。ああ、体調には一切影響はないので大丈夫です」

「そうなのですか。流石はエオナ様です」

「流石?まあ、いずれにしても、彼女たちは耐えられなかったのでしょうね。だから、自ら死を選んでしまった……さて、この辺りならいいですかね?」

「ええ、お願いします」

 先程、この神官は悪と“叛乱”の神ヤルダバオトと言った。

 たかが二文字と思うかもしれないが、『Full Faith ONLine』と今の間に明確かつ意図不明の差が生じた。

 相手がヤルダバオトほどの存在となると、その差は私が想像しているよりも遥かに大きいだろう。


「では……貴方たちの魂が貴方たちの信じる神の御許へ行き、安らかに過ごせる事を願います。『スィルローゼ・アス・フロトエリア・ベリ・フュンフ』」

 私の詠唱と共に、村の共同墓地に運び込まれた少女神官たちの死体が茨に絡め捕られ、地面の中に沈んでいく。

 彼女たちが元の世界に戻ったのか、それとも本当に死んでしまったのかは分からない。

 一つ確かなのはもう彼女たちがこの現実となった『フィーデイ』で活動をすることは無い、と言う事だ。

 だから私はしっかりと祈る。

 彼女たちの今後が安らかであるようにと。


「さて、それでは暴れて拘束された神官とやらの方に向かいましょうか」

「はい、お願いします。アチラはだいぶ落ち着いているとのことなので、話をするだけならば問題は無いでしょう。ただ……」

「ただ?」

「肉体の強さと反省の仕方にまるで見合わない不信心者なのです。危険はないでしょうが、どうかお気を付けを」

「……」

 そうして埋葬を終えた私は、残りの掃除は神官たちに任せて、宿舎地下の懲罰用の牢で軟禁中だと言う男に会う事になった。

04/05誤字訂正

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