57:羊食いの森-6
本日は二話更新です。
こちらは一話目になります。
「『サクルメンテ・チェジ・ルール・リーン=メンテ=キプ・アウサ=スタンダド』」
「おお、一気に木が小さくなっていったな。で、リポップも正常化ってか」
アタシプロウ・ドンを封印した後。
私はサクルメンテ様の魔法によって羊食いの森を正常化させた。
とは言えだ。
「まあ、羊食いの森だと、普通にモンスターは外に出てきちゃうから、村に対処のための人員を残すか、村人に戦えるだけの力をつけておく必要はあるでしょうね」
「そう言えば、グレジファム村のクエスト内容的に森の外に出てくるのが当たり前か……ま、ボスが居ないなら、何とでもなるだろうさ」
枯れ茨の谷とカミキリ城の時ほど周囲の安全が確保されるわけではない。
ここは森の外にモンスターが出て来る方が本来の姿であり、サクルメンテ様の魔法では止める事が出来ないからだ。
「さて、やるべき事はやったし帰る……ん?」
「どうしたのビッケン……ああ、そう言えばそうだったわね」
いずれにしてもやれる事はやった。
と言う訳で、私とビッケンはその場を後にしようとした。
だが、何かに気付いたビッケンが足を止め、ビッケンが気付いた物に気付いた私も声を漏らす。
「よく、あの炎の中で残ったもんだ」
「全くね」
「てか、アイテム欄に直接入らないのか」
「んー、不完全リポップの影響かしらね?封印したらドロップしないのは当然なんだけど」
アタシプロウ・ドンが居た場所、そこには白い球体……
「スペックは……別にいいってわけじゃないな。ゲーム時代と大して変わらない、レベル30くらいのスペックだ」
それはステータスだけを上げる効果を持つ装備品であり、私とビッケンの中にも非実体状態で入っているものである。
なお、『Full Faith ONLine』の表示されるステータスの項目は最近のゲームにしては少なく、レベル、信仰値、満腹度、HP、MP、スタミナ、攻撃力、防御力の8項目しかない。
そして、宝珠で上がるのはその内、HP、MP、攻撃力、防御力のみである。
「どうする?捨てていくか?お前と俺にとっては無用の長物レベルの性能だぞ」
「それ、サクルメンテ神官でもある私に対して言っているの?」
さて、そんな宝珠の入手方法だが、基本的にはモンスター討伐時のドロップ品として入手することになる。
だが厄介な事に、その性能については強いモンスターであればあるほど強力な物が、HPに優れたモンスターからはHPが上がり易い物が出やすくはあるが……かなりのブレ幅があるランダムである。
その為、少しでも強力な宝珠を求めて数十時間のマラソン、なんてことも廃人層ではよくある事らしい。
「ま、そうでなくとも、持ち帰って配れば、始めたばかりのステータスでこっちに飛ばされてきたプレイヤーの助けにもなるでしょうし、捨て置く理由なんてないわよ」
「だよな。信仰抜きにしても、そう判断するのが妥当だよな」
余談だが、信仰値を減らす悪行は神様ごとに異なるのだが、サクルメンテ様の場合はアイテムを無意味に捨てる行為がそれに当たる。
そして、その際の減少値は禁忌を犯した時ほどではないが、かなり大きい。
そんな出先でのアイテム整理に不便さを生じるこの悪行こそが、サクルメンテ様を信仰するプレイヤーが増えづらい原因の一つである。
まあ、私はそんな制限以上にサクルメンテ様の力に魅力を感じたからこそ、信仰しているのだが。
「じゃ、俺の方が持っておくって事でいいか?」
「ええ、それでお願い」
と言う訳で、実利と信仰の両面から持ち帰り一択である。
仮に使うプレイヤーが居なくても……売却すればはした金くらいにはなるだろうし、売却できる以上は何処かの人間の役に立つと考えていいだろう。
「それじゃあ改めて帰りましょうか」
「そうだな。そうするか」
私とビッケンは羊食いの森を後にする。
そして私は隠蔽スイッチをオンにした上で茨の馬に跨り、ビッケンも笛のようなものを吹くことで何処からともなく現れた馬に跨る。
「そう言う召喚アイテムって、こっちでも有効なのね」
「勿論有効だ。原理についてはよく分かっていないが……とりあえず馬舎に繋がれた俺の馬が近くに転移してきているのは確からしい。目撃者曰く『突然姿が消える』だそうだ」
「それ、最初は騒ぎにならなかった?」
「なったな。ただ、半月ぐらい前からか。どうしてか転移した後に馬と早駆の神ホスファスラ名義の書置きが暫く残されるようになってな。今はもう、そう言うものだって事になってる」
「ホスファスラ様も大変ね……」
ビッケンが使ったのは『Full Faith ONLine』でもあった、非戦闘時に自分の馬を近くに呼び寄せるアイテムだろう。
私は馬の世話が面倒だったので使っていなかったアイテムであるし、茨の馬もあるから今後使う事も無いアイテムである。
だが、長距離の移動が面倒になった『フィーデイ』での有用性は推して知るべきだろう。
同時に馬と早駆の神ホスファスラ様の仕事量の増大についてもだが。
「さて、これで後顧の憂いは一つ晴れたな」
「けれど、アタシプロウ・ドンの口ぶりじゃ、接触があったかどうかも分からない」
「つまり……別の村か」
「あるいはフルムス攻略部隊の本隊……プレイヤーたちが集まっている場所に行くべきでしょうね。情報が足りないわ」
「いずれにしてもだ。エオナ、ありがとうな。ボスが一体、恒久的に減ったのは確実に良いことだ」
「こちらこそ今日は助かったわ。私一人だったら、もっと時間がかかってた」
やがて私たちの視界にグレジファム村が入ってくる。
私とビッケンはグレジファム村に残ったプレイヤーたちから歓迎され……
「さて、色々と聞かせてもらおうか。ビッケン、エオナ。二人だけで何処に行き、何をしていて、どんな結果を得た?」
「「……」」
『満月の巡礼者』のギルマスにして『巡礼枢機卿』、クレセート周辺のプレイヤーたちをまとめるプレイヤー、輝く金色の瞳に夜のような黒さの長髪を持った少女……カミア・ルナの腹黒さを感じさせる笑みを見ることになった。