49:グレジファム村にて-6
本日は二話更新です。
こちらは二話目です。
「さて、グレジファム村とフルムスの現状、『悪神の宣戦』以降クレセートで何が起きているか、そもそもこの世界は何なのか、色々と話すべき事はあると思うんだが……」
ビッケンの部屋は執務用の机に椅子、資料を収めておくための本棚に粗末なベッドの他には酒瓶が幾つか置かれているだけと言う、とてもシンプルな部屋だった。
ただ、一番防音がしっかりとしているという話に嘘は無いのだろう。
床板や部屋の角に隙間の類は見られないし、土を固めて作られた壁もしっかりとしている。
「あー、忘れない内にこの注意事項と言うか、厄介な事になっている案件関係だけは伝えておくか」
「厄介な事?」
「魅了効果を持つアイテムや魔法についてだ」
さて、ビッケンの話だが……どうやらまずは先程の私と村長の一件に関係した話をするらしい。
その表情は少し申し訳なさそうな物を含んでいるが、それ以上に真剣なものになっている。
「エオナ、ゲーム時代の魅了がどんなものだったかは知っているな」
「勿論知っているわ。魅了にかかった者は、かけた術者の敵をオートで攻撃する。プレイヤーがかかった場合も、体の操作を一時的にAIが行うようになって、同様の行動を取るようになる、でしょう?」
「そうだ。だが、現実になって、魅了の仕様が変わっている」
「詳細を聞かせて」
どうやら、きちんと話を聞くべきなようだ。
私はビッケンが薦めてきた椅子に腰掛ける。
「こっちでの魅了は本当に精神に変質させる作用がある。具体的に言えば、魅了にかかった者は、魅了をかけた者がどんな行動を自身に望んでいるのかを考えて、実行に移す」
「なるほど……マズいわね……」
ビッケンの言葉に私は魅了と言う状態異常の危険性を感じ取る。
ビッケンの言葉が本当ならば、魅了にかけられた者は魅了をかけた者にとって予期せぬ行動を取る危険性が存在することになる。
極端な話として、魅了をかけられた者が、魅了をかけた者にとっての幸せは死ぬ事であると心の底から考えた場合、魅了をかけられた者は魅了をかけた者を殺そうとする場合があるのである。
そして、これは魅了を使う者にとっての危険性。
魅了を使われる側にとっては……
「金銭に物品の搾取が表面上は合法的に行われる事もあるでしょうし、人間関係の不和だって招く。性的暴行関係の案件は腐るほど起きるでしょうし、権力関係でも色々とよろしくはないでしょうね」
「そうだ。おまけに魅了の状態異常中にあった事を当人はしっかりと覚えているから、解けた後は……」
「魅了にかかっていたと分かっているなら、怒り狂う事になる。魅了にかかっていると気づいていなかったら、どうしてそんな事をしてしまったかと悩む事になる。と言う事ね」
「そう言う事だ」
問題ばかりだ。
「そうなってくると、今のクレセートでは魅了関係は実質的な禁忌扱いと言う事かしら?」
「そこまでは行かないが……少なくとも良い目はされないな。ギルマスも警戒していて、魅了系については名簿を作ってるし、魅了系の魔法を使えるというだけで、陰でコソコソ言ってくる奴も居る」
「前者は当然と言えるけど、後者はどうなのよ、それ」
「俺もそう思う。そう思うが……どうしようもない」
ビッケンは申し訳なさそうに頭をかいている。
しかしこうなってくると……確かに私はマズいかもしれない。
スィルローゼ様の魔法には魅了関係の物もあるし、今の私の代行者としての姿を見た時の元NPCたちの反応は、傍からでは魅了をかけられているようにしか見えないからだ。
「それにな。そう言う反応が出てくるのも仕方がないことではあるんだ。クレセートで起きたことを考えると」
「……。魅了を利用して、裏の支配者になろうとしたプレイヤーが居た?」
「ああ居た。大層ひどいのがな。プレイヤーもNPCも構わず魅了して、色々と許すわけにはいかない事をやった。だから、最終的にそいつは……まあ、俺たちの手で処分した。そいつの後追い共も追放になった。なったが……」
「魅了関係に対するわだかまりは残ることになった、と」
「そう言う事だ」
つまり、最悪の場合は殺される事になる、と。
なお、処分されたプレイヤーに同情する気はない。
何をしたのかは知らないし、興味もないが、ビッケンの態度からして、そうされるだけの何かをしたのは間違いないからだ。
「まあそんなわけでな。その……知らなかったとはいえ、魅了に近い力を使わせて悪かった。そして、もっと悪いことに、俺は立場上ギルマスにこの件を報告せざるを得ない。先に謝らせてくれ」
「別に構わないわ。『満月の巡礼者』のギルマスの性格と名簿を作っているところからして、魅了魔法を使えるだけなら、それを理由に何かをする気もないって事でしょう。貴方の立場で報告しない方が問題でしょうしね」
「すまない、そう言ってくれると助かる」
そして、この話からして、ビッケンは比較的信用と信頼がおけるプレイヤーとして扱っていいだろう。
私に対して悪意の類を有するならば、こんな話は黙っておけばいいのだから。
「しかし、こうなると面倒ね……私の場合、出力向上目的で隠蔽スイッチを切っただけでも魅了をばら撒くことになってしまうようだし……」
「まあ、非戦闘時は控えるようにしてくれれば大丈夫だ。俺なんかは立場もあって、魅了対策は万全にしているからな」
「そうね。それが一番かしら」
なお、私のスィルローゼ様の代行者としての姿と言うか、御使いモードに魅了の効果があるかは分からない。
以前にジャックが、御使いモードの私を見たシヨンに魅了の状態異常が入ったとか言っていた気もするが、確証は得られていないのである。
そんなわけで、この件を盾にすれば代行者の姿を出さなくてもいいと言う事でもあるので、これ以上は黙っておくことにする。
代行者の事はその域に辿り着く覚悟があるか分からないものに対しては、話すべきでない案件なのだし。
「さて、それじゃあ、そろそろ本題と言うか……こちらの現状に移ろうか」
「こちらから出せる情報は限られているわよ?」
「構わない。俺の知る通りのエオナなら、こっちの話を聞けば、確実に味方をしてくれると思ってくれるからな」
「あらそう、ならお願いするわ」
そう言うとビッケンは何枚かの資料を机の上に並べた。