44:グレジファム村にて-1
「何者だ!止まれ!」
「茨の馬だと……面妖な……」
砦の入り口には槍を持った二人の人間が立っていた。
見た目からでは元プレイヤーなのか元NPCなのかは分からないが……いずれにしても、面倒事は起こすべきではないだろう。
「魔法解除っと」
「消えただと……」
「魔法ではあるようだが……なんだ……」
私は茨の馬を作り出すために使っていた魔法を解除、着地する。
「くそ分からん。プレイヤーではあるのだろうが……武器には触れず、名前、レベル、所属ギルド、信仰している神の名前を言え。メイン、サブ共にだ」
「分かったわ」
どうやら門番を務めているのはプレイヤーであるらしい。
でなければレベル、それにメインとサブなんて言い方はしないだろう。
「私の名前はエオナ。レベルは87、ギルドには所属していない。メイン信仰は茨と封印の神スィルローゼ様、サブ信仰は陰と黄泉の神ルナリド様と円と維持の神サクルメンテ様よ」
「ギルド未所属だと……この一ヶ月、貴様、何をしていた……」
「ロズヴァレ村で問題の解決よ。その様子だと元プレイヤーの現モンスターを警戒している感じかしら。行商の子からフルムスがそう言うのに占領されているとは聞いているから」
「判断が……」
「つかないな……」
私は正直に名乗ったが……どうにも、信用されていない感じがする。
元NPC相手であれば隠蔽スイッチを切るだけで信用してもらえそうだが、プレイヤー相手だと……微妙だろう。
フルムスを占領しているプレイヤーにそう言う偽装が出来ないとも限らないし。
「ああくそ、ビッケンさんに連絡を。不審なプレイヤーが一名だ」
「分かった。俺たちじゃ判断できないもんな」
門番の片方が砦の中に走っていく。
どうやら、上の人間を出すつもりであるらしい。
上の人間……私の知り合いであれば楽なのだが、私の交友関係はそこまで広いわけではないし……とりあえず話が通じる相手である事だけは祈っておこう。
「ん?」
そうして、私は門の外で暫く待ち続けていた。
待っていたのだが……私の感知範囲に好ましくないものが入ってくる。
「村のちょうど向こう側……数は20から30……神官も混ざっているわね」
これもスィルローゼ様の代行者になった影響なのだろう。
今の私が神の力を感じ取れる範囲はかなり広い。
相手がスィルローゼ神官またはヤルダバオトの力を強く扱えるものであるなら、尚のこと。
そして私が今感じ取っているこの気配の主は……明らかにモンスターとヤルダバオトに仕える神官のものであり、位置は私から見るとグレジファム村を挟んだ反対の位置で、間違いなくグレジファム村に近寄ってきていた。
「対応しましょうか」
グレジファム村にどの程度の戦力が駐留しているのかは分からない。
が、楽に済ませる方法があるのであれば、楽に済ませてしまった方がいいだろう。
「『ルナリド・ムン・ミ・ナイトビュ・フュンフ』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
「っつ!?お前何を!?」
私は暗視魔法をかけた上で、二つの魔法を使って茨の馬を作り出して跨ると、槍を手に持った状態で相手の気配の位置をきちんと探り、これから使う魔法の順番と等級をどうするかを頭の中で組み立てる。
「心配しなくても、モンスターを仕留めに行くだけよ」
「何を言って……」
「『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』」
組み立て終わった私は『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』を茨の馬の足元に向けて発動。
薔薇の花を伴って現れた茨の槍は私ごと茨の馬を勢いよく突き上げ……
「なっ!?」
すっかり暗くなった空に向けて私を射出。
私の体はグレジファム村を囲う壁を飛び越えるどころか、グレジファム村の上空、百メートル以上の高さにまで飛んでいく。
「隠蔽スイッチオフ」
隠蔽スイッチをオフにしたことで、私の姿はスィルローゼ様の代行者の物へと変化。
周囲には夜闇の中でも煌めく薔薇の花と香りで満たされ、手にした槍は植物性の素材に変化し、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』の効果もあって、私の体の一部のようになる。
「……」
敵の姿はしっかりと見えている。
位置も気配で知った通り。
編成は複数種類のモンスターが10体ちょっとに、人型が3人ほど。
いずれもヤルダバオトの力を放っている。
対するグレジファム村はまだ敵の位置を把握していないのか、そもそも気づいていないのかは分からないが、篝火は疎らで、動き出している気配はない。
これならば、私が仕留めても問題は無いだろう。
「『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』、『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』」
『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』によって私の槍……スペアアンローザは成長して、巨木の様な大きさの槍へと変貌する。
そして、『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』によって、私の槍は眩い青の光を纏い、その破壊力を大きく増す。
この時点でも既に破壊力は十分だろうが、まだ使うべき魔法はある。
「『サクルメンテ・ストン・ネクス=スペル・ディレイ・ドライ』、『スィルローゼ・ウド・フロトエリア・ソンウェイブ・ズィーベン』」
『サクルメンテ・ストン・ネクス=スペル・ディレイ・ドライ』は少々特殊な魔法で、次に詠唱した魔法の発動を遅らせる効果がある。
今回の場合は、槍先から放つように指定した『スィルローゼ・ウド・フロトエリア・ソンウェイブ・ズィーベン』の発動が3秒ほど遅れることになる。
「ふんっ!」
そうして準備を整えた私は、私の体が落下を始めるタイミングで、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』の効果も利用して、超高速で槍を投擲。
投げられた槍は蒼い光を軌跡に残しながら、音を置き去りにする勢いで真っ直ぐに飛んでいき……
「よし、ジャストタイミング」
モンスターの集団の中でも前の方の連中に直撃。
キノコ雲のようなものを形成しつつ、周囲に衝撃波と化した轟音を撒き散らす。
そして、着弾と同時に発動した『スィルローゼ・ウド・フロトエリア・ソンウェイブ・ズィーベン』の効果によって、着弾点で茨の森を形成。
「そして、捕らえたわ」
『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』の効果で私は茨を遠隔操作し……虫の息になっていた人型は捕らえて、ただのモンスターにはトドメを刺す。
「じゃ、『ルナリド・ムン・ミ=グラビテ・カト・フュンフ』」
最後に私は『ルナリド・ムン・ミ=グラビテ・カト・フュンフ』によって自分の体にかかる重力を軽減。
グレジファム村を囲う壁の上に音もなく、緩やかに着地した。