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38:葬儀

「やっぱり、全てが上手くとはいかなかったみたいね……」

 限りなく人間に近い姿に戻った私がロズヴァレ村に帰ってきて最初に見たのは、大型の生物によって踏み荒らされた畑に、焼け落ちた家屋だった。

 何が原因であるかなど考えるまでもない。

 私が始末できなかったモンスター……カミキリ兵たちがロズヴァレ村に襲撃を仕掛けてきたのが原因だ。


「陰と黄泉の神ルナリド様。どうか……」

 私は村の中心部、七大神の神殿へと歩いていく。

 そこには村中の人間が集まっていて、今回の件で犠牲になった村人の葬儀が行われているようだった。

 その表情は暗く、涙が流れ、嗚咽が漏れ、誰もが死んだ村人の事を悼んでいるようで、私が帰ってきた事にも気付いていないようだった。


「エオナか……」

「エオナさん……」

「ジャック、シヨン……」

 ジャックとシヨンが私に気付く。

 二人の表情もやはり暗い。

 きっと二人とも村人たちに犠牲が出た事を自分のせいだと悔やんでくれているのだろう。


「ごめんなさい。私が完全に止められなかったせいで、村の人たちが……」

 私は悔しかった。

 もしも私がマラシアカを止めるだけでなく、カミキリ兵たちも完全に止める事が出来ていれば、ロズヴァレ村の人たちに被害が及ぶことなど……いや、それ以前に心配をさせる事すらも無かったはずなのだから。


「お前は悪くねえよ……お前があそこでマラシアカを止めたり、カミキリ兵たちを弱らせたりをしてなかったら、それこそロズヴァレ村は滅んでた」

「それにエオナさんが此処に居ると言う事は、元凶は断ってくれたんですよね。だったら……」

「そうね。元凶は断った。マラシアカはもう蘇らないし、枯れ茨の谷のモンスターが村に流れ込むこともないわ。でもね、それでもこの光景を見たら思わずにはいられないのよ。もっと上手くやれたんじゃないかって」

 夫を亡くした妻が静かに泣いている。

 親を亡くした子供が泣き叫んでいる。

 子を亡くした親が悲しんでいる。

 親しい友人を亡くした人が、その悲しみに耐えて、他の人を慰めている。

 それは『フィーデイ』が現実の世界であるが故の光景。

 彼らの死が本物であるために風景。

 そして……私にもっと力があれば防げたであろう姿だった。


「エオナ様。お戻りになっていたのですね」

 死者を送るための言葉を言い終えたシヤドー神官が私に近づいてくる。

 それに合わせて、村人たちの視線が私に注がれる。

 その視線には……私を責めるものはない。

 だからこそ私は受け入れねばならない。

 この事態を招いたものとしても、神官としても責務を果たさなければならない。


「エオナ様。ロズヴァレ村とスィルローゼ様を守るために戦った者たちへの言葉と祈りを、貴方からもお願いできますか?きっと彼らも喜びます」

「はい」

 私はシヤドー神官に促される形で、村人たちの死体が置かれている場所へと近づいていく。

 棺と言う上等な物はない。

 死体はみんな布にくるまれていて、布の上には頭部分に花の輪が、胴の部分に手向けの花が置かれている。

 そして死体の中には……花の輪が地面に置かれているものもあれば、明らかに包帯の縦や横のサイズが足りないものも居る。


「茨と封印の神スィルローゼ様……」

 私は彼らに対して可能な限り真摯に祈りを捧げる。

 スィルローゼ様とロズヴァレ村を守るために力を尽くしてくれてありがとうと感謝する。

 巻き込んでしまって申し訳ないと、力が足りなくてごめんなさいと謝罪する。

 せめて死後の世界は安らかであるようにと、新たに生まれる時は平穏無事な命を過ごせるようにと祈る。


「どうか、彼の者たちの魂に安息を……」

 これが私に出来る限界だった。

 死んだ者の傷は癒せない。

 死んだ者を蘇らせる事は禁忌。

 死んだ者は此処ではない何処かへ送る他無い。


「ありがとうございます。エオナ様。きっと彼らも喜んでいる事でしょう」

「はい……」

 その後、死者は村の共同墓地に運ばれて埋められ、葬儀は終わった。


「そうだとよいのですが」

 それに合わせて小雨が降り始める。


「……。エオナ様は泣かれないのですね」

「泣くのは失ったものの権利です。ですから、私に泣く権利はありません。いえ、私は泣いてはいけない」

「村人たちの怒りも悲しみも全ては自分が受け止めるべきであると?エオナ様、それは……」

「傲慢なのは分かっています。傲慢なのを理解した上で、私は他人に死を課した者として、その死にまつわる全ての負債だけを受け止めなければいけません。そうでなければ……私は私への怒りでどうにかなりかねない」

「エオナ様、貴方も案外難儀な性格をしていますね……」

「否定はしません」

 村人たちは結局私に対して恨み言の一つも言わなかった。

 それどころか、感謝と労いの言葉をかけてくれるほどだった。

 だからこそツラい。

 彼らに対して直接何かをする事が出来ない自分の立場が。


「エオナ様。確かに村には被害が出ました。それは事実です」

「はい」

「ですが、ロズヴァレ村は立て直せます。貴方があそこでマラシアカを止め、敵の力を削いでくれたおかげで」

「はい」

「だから私たちは貴方に感謝をしているのです。どうかその事を忘れないでください。忘れれば……それこそヤルダバオトに付け込まれかねませんから」

「はい、分かっています」

 だが全てを受け入れる他ない。

 感謝も、怨みも。


「エオナ様、エオナ様はこれからどうなさるおつもりですか?」

「まだしばらくはロズヴァレ村でやらなければならない事があるので、村に残ります。ですがその先は……旅に出なければいけません。スィルローゼ様の代行者として力を尽くさなければ」

「そうですか。寂しくなりますね……」

 そして、受け入れた上で歩むしかない。

 茨の道でも進むと決めたのは私自身なのだから。

 そうして、私はシヤドー神官と別れ、ジャックとシヨンが家の前で待っている私の家へと帰って行った。

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