35:マラシアカ-5
「あ、ぐ……」
油断はしていなかったと思う。
マラシアカが『Full Faith ONLine』の時よりもはるかに強くなっていたのは理解していたし、自動復活魔法対策含め、私を殺すための方策を幾つも考えてきているのは知っていた。
知った上で私は戦い……地面に倒れている。
「あーはっはっはっはっは……」
血が周囲に広がっていく。
レベル相応のHPと幾つものバフのおかげで、心臓が破壊されても私の意識はまだ残っているが、それももう間もなく消え失せる事だろう。
現にマラシアカの煩わしい声も少しずつ聞こえなくなってきているし、視界も霞んできている。
「見て……ヤルダ……我は……討ち……」
ヤルダバオトの私に対する監視の目は既にない。
ヤルダバオトは既に私への関心を失っている。
当然だ。
私が神々から何かを授かったかと思って監視をしていた、その何かを見せることもなく私は死んでしまったのだから。
「さあ、後はロズヴァレ村を!スィルローゼを!我の手で蹂躙するのみよ!」
だから都合が良かった。
「ええそうね。私が本当に死んでいるならその通りだわ」
「見て……は?」
私が立ち上がるのに。
「ば、馬鹿な……貴様は心臓を……完全に貫かれていて……」
スィルローゼ様の究極封印結界魔法の中でマラシアカは明らかに動揺している。
まあ、それも当然のことだろう。
間違いなく死んだはずの相手が起き上がっているのだから。
「所詮、心臓の役目なんて血液を全身に送るだけでしょう。それを真似するだけなら……幾つかの魔法と今の私の在り方を組み合わせれば何とかはなるわ」
私は自分の胸から鋏を引き抜くと、その辺に投げ捨てる。
と言っても、鋏のサイズは人間が操れる大きさではないから、周囲の茨を操ってと言う事になるが。
「まさか……いや、馬鹿な……そんな使い方を出来るはずが……」
「『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』。ゲームの中で貴方から奪い取った魔法だけど、想像以上に使い勝手がよくて嬉しいわ」
そう、私の『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』……周囲の茨を自分の体として操る魔法はずっとその機能を保持していた。
私はその魔法を使って、地面に染み込んだ血を吸い上げる事で回収し、茨の一部を手動のポンプとして動かすことで血を巡らせ続けている。
「化け……物……」
「そうね。此処まで来るとモンスターと同列にされても文句を言えないと私自身思うわ。うっ……『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』『ルナリド・ムン・ミ・リジェ・ゼクス』」
勿論、それだけでは生命活動の維持など出来るはずが無い。
サクルメンテ様の魔法によって循環効率の向上や強化は必須であるし、ルナリド様の魔法によって月の光でも十分な量の光合成と回復が出来るようになっていることも必要。
そしてそれ以上に……
「と言うより、流石に周囲の茨と同化できるのに人間扱いをされるわけにはいかないと思うわ」
死に伴ってゲームの枠から外れて、スィルローゼ様に対する信仰値がカウンターストップである255を超え、それに伴う形で肉体が大きく変容し、人間よりも植物の方に体が近い状態になっているからこそ出来る荒業である。
「さて、これで傷の方はどうにかなったわね」
「馬鹿な……有り得ない……現実になったとは言え、信仰値の上限を超えるなどと言う真似が出来るはずが……」
やがて、光合成による再生に加えて幾つもの茨が同化することによって、私の胸の傷は完全に塞がる。
すると、それに合わせるように私の身に着けている衣装に変化が生じ、造花であったはず薔薇たちが本物の薔薇へと変化する。
また、私の支配下にある茨たちが一斉に花をつけ、薔薇の香りを周囲一帯に立ち込めさせていく。
そして、私自身の身から立ち上る魔力とスィルローゼ様の力はそれまでとは比べ物にならない程に強くなる。
「あ、あ、あ……」
うん、どうやら、確定したはずの死を乗り越えた結果として、私自身のスペックまでもが上がってしまったようだ。
こうなるとスィルローゼ様から授かった魔法を使うに当たって別の問題が生じてしまう気もするが……まあ、その問題はまた別に考えるとしよう。
今、重要なのはだ。
「さてマラシアカ、いいえ、『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』。どうやら貴方は既に気付いているようですね。今の私が有している力が如何なるものなのか」
マラシアカとの決着をつける事。
ただそれだけである。
「そんな……そんな魔法を……たかが一人の神官が持っていて……」
私はマラシアカが封印されている結界へと、薔薇の花弁と香りを散らしながらゆっくりと近づいていく。
「本来はこの魔法を使う事によって私は今の私になる予定だったのだけど……まあ、問題は無いでしょう」
服は本物の薔薇が幾つもあしらわれた華麗なドレスへと変化し、頭には赤い薔薇が咲き誇る茨の冠が生じ、靴は棘の無い蔓が巻き付いて出来たブーツになる。
右手に持っていた金属で出来ていたはずの剣は、硬度と強度をそのまま保った上で木製に変化して、より木属性を高める剣になる。
左手の手首に填まっていた腕輪はらせん状に茨が絡まると共に、神々しい乳白色の輝きを放ち始める。
目の薔薇模様の虹彩も紅く妖しく輝き、髪の毛もより茨に近くなって膨らみを持つ。
「私は貴方たちモンスターを永遠に封印し、二度と『フィーデイ』の地を踏ませないようにすることを許されています。覚悟はいいですね」
「お、御助けを……ヤルダバオト様、どうか御助けを……!?」
封印によって届かないヤルダバオトへの助けを乞うマラシアカに対して、私は剣先を向ける。
「茨と封印の神スィルローゼ様。貴方様が代行者であるエオナが求めます」
「助けてください!ヤルダバオト様!我はこんな終わり方は……こんな終わり方だけは嫌だ!」
剣先に青い光が集まり始める。
「悪と叛乱の神ヤルダバオトが眷属、『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』。彼のものを金剛の茨を以って蒼き薔薇の園へと導く力を。無間に極彩色の薔薇が包み込む牢獄へと繋ぎ止める力を。彼のものを糧にすると共に、永久の安寧と封印を齎す力を我に与え下さいませ」
「止めろ!?エオナ!頼むから止めてくれ!我はもう人間を襲わないから!カミキリ城に引き籠っているから!だから頼む!!」
青い光はやがて薔薇の蔓へと変化し、マラシアカの全身を包み込んで、茨と色とりどりの薔薇の花によって、その巨体を見えないようにさせていく。
「『スィルローゼ・ロズ・コセプト・スィル=スィル=スィル・アウサ=スタンダド』」
「止めろおおおぉぉぉ!!」
そうして、私の詠唱が終わると同時に周囲は虹色の光に包み込まれていき……
「封印完了」
光が止むころにはマラシアカの姿は消え失せていた。
私の視界だけでなく、この世界の何処からも。
流石に頭が潰れれば死にます