34:マラシアカ-4
『スィルローゼ・ファイア・フロト・イグニ・アハト』。
それは本来ならば焼き畑の要領で植物を燃やし、肥料を作り出すための魔法である。
しかし、今、私の前で燃え上がった炎は火柱を作り上げ、術者である私以外の全てを焼き尽くすような勢いで燃え上がっている。
なぜこれほどの火勢を得たのか、それには当然理屈と言うものがある。
「ある意味ではこれも現実化の影響ね」
理由の一つ目は五行思想の木生火、私の生み出した茨に元々ある枯れた茨でこの場に木属性の力が溢れていた。
理由の二つ目はそれらの茨が斬り刻まれ、間に程よい量の空気を蓄えていたという物理的な面。
理由の三つめは私がそれらの茨をサクルメンテ様の力によって強化していて、大量のエネルギーを蓄えていたこと。
これらの理由に各種バフが加わった結果、ゲーム時代に使っていたものとは比較にならない程に強力な炎が生み出されたのである。
「うん、昔の私にこの火力が欲しかったわ。そうすれば、あの時も全員焼けていたでしょうし」
なお、この戦術は『Full Faith ONLine』の頃から採れた戦術である。
尤も、スィルローゼ様とサクルメンテ様、あるいはそれに類する神の力が必要になる上に、強化を重ねた結界や領域を犠牲にするという事もあって、使うプレイヤーはあまり見ないものだったが。
「さて、この程度で死ぬとか有り得ないわよね」
さて、物思いに耽るのはここまでにしておくべきだろう。
私は剣を構え直すと、残り火が周囲で燻ぶる中、炎に包まれたマラシアカが落ちていった崖下へと向かう。
「当たり前だああぁぁ……我がこの程度で死ぬわけがないだろう……」
崖下には川に飛び込むことで火から逃れたマラシアカが立っていた。
ただ、流石にあの火勢の前で全くの無傷とはいかなかったのだろう。
胸部を守っていた防具は無くなっているし、体の一部に火傷が見られる。
「くくく。そして、今のはとっておきだな……流石にあの威力の魔法を早々撃てるとは思えん」
「そうね、流石に今のを何度も即座にやれって言われたら困るわ」
マラシアカの残りHPは……『Full Faith ONLine』の頃から計算すれば、残り2割から3割と言うところだろう。
尤も、現実になった今、そんな計算はまるで役に立たないし、私の目的はマラシアカのHPを削る事でもないので、この考えは即座に頭から捨てる。
「「……」」
私とマラシアカが睨み合う。
この状況から、次の一手だけではなく、数手先まで相手の攻撃含めて読み、利用するつもりで考えていく。
「『スィルローゼ……』」
「『ヤルダバオト……』」
そして私とマラシアカはほぼ同時に詠唱を始めると同時に、相手に向かって武器を振りかぶりながら駆け出す。
「『……プラト・ラウド……』」
「『……ミアズマ・フロトエリア……』」
私の剣とマラシアカの槍の一本がぶつかりあって火花を散らし、マラシアカの二本目の槍を私は小さく跳んで回避。
三本目の槍は弾いて防ぎ、四本目の槍は二本目の槍を足場にして再度跳ぶことで避ける。
「『……スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』」
「『……スチルコト・フュンフ』!」
そうして私とマラシアカは同時に魔法の詠唱を完了。
私は私を中心として、茨の領域を展開する。
マラシアカは私よりも一瞬早く自分の目の前の地面を扇状に金属で覆っていく。
結果、木属性と金属性の相性もあって、私の展開した茨の領域は扇状に一部分が欠けた形で展開され、サクルメンテ様の強化を受け付けなくなる。
そして、マラシアカは素早く自分の展開した領域へと逃げ込む事で、私の展開した茨の領域の影響を免れる。
「ちっ、金属性の領域魔法とは、珍しい上に面倒な物を……」
「どうやら、今回は我の読み勝ちのようだな」
金属性で覆われた地面に茨の領域を伸ばすのは、通常の何倍もの労力を必要とするし、点で出現させる場合でも同様。
他にどういう仕掛けがあるにしても、あの中での戦闘は私にとって不利なように進むだろう。
知らなかった以上、読み負けするのは仕方が無いのだが、これは非常に厄介だ。
「では、このまま攻めさせてもらうとしよう!」
「っつ!?」
マラシアカが金属の鋏を出現させ、それを私に向かって何度も振るってくる。
それに対して私は回避に専念することでマラシアカの攻撃を避け続ける。
ここまではお互いの実力上、当然の流れ。
問題は……
「さて、我をこのまま後退させていいのかな?」
「いいわけないでしょうが!」
先程の武器によるやり取りの間にマラシアカの後方にロズヴァレ村が来ていること。
そして、マラシアカが四本の腕で持った両刃の鋏を操りつつも、少しずつ後退を進めている事だ。
つまり、このままただ攻撃を避け続けていたら、マラシアカはロズヴァレ村に到達し……ロズヴァレ村をあっと言う間に滅ぼすだろう。
当然私はそれを許さない気でいるが……マラシアカはそこまで読んだ上でこの行動を取っている。
だから、迂闊に飛び込めば、あっと言う間に私は斬り殺されることになるだろう。
「目は……ないっ!」
しかし、迂遠な手を打っている時間はない。
故に私はマラシアカが操る刃の嵐に飛び込んでいく。
「はははっ!来るか!ならば刻んでくれるわ!」
「『スィルローゼ……』」
飛び込んで詠唱をしつつ、距離を詰めていく。
「『……ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』!」
「来たか!!」
私が発動したのはスィルローゼ様の究極封印結界魔法。
あらゆるものを封じ込め、内外からの干渉を防ぐ絶対の魔法。
極僅かとは言え自身の信仰値を削って放たれるこの魔法の前ではマラシアカの自爆すら多少強い風程度になり、マラシアカが今操っている鋏だって止める事が出来るのは証明済みである。
「我はその魔法を幾度受けたと思っている!エオナアアァァ!!」
「!?」
だが、その絶対は崩れていた。
茨の球体に完全に包まれるよりも早く、マラシアカは自身の持つ鋏を二本とも金属で覆われた地面に叩きつけていた。
するとそれだけで叩きつけられた場所から鋏は折れ、折れた刃先は飛んで……
「そんなっ……!?」
一本目は私の肩から胸を切り裂いて自動復活魔法を発動させ、二本目は私の胸に深々と突き刺さって死を確定させる。
「スィルローゼ様……」
「はははははっ!はーっはっはっはあああぁぁぁ!!」
そうして私はマラシアカの哄笑が枯れ茨の谷中に響き渡る中、スィルローゼ様への祈りを捧げつつ、ゆっくりと倒れていった。
04/30誤字訂正