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28:ジャックの特訓-2

「あの頃の俺はボリュームゾーンの少し上くらいの実力でな。ゲームの中で知り合ったフレンドと一緒に仲良くやっていたんだよ」

「それでマラシアカに挑んだ?」

「実装直後、手近、レベル制限なし、これだけ揃っていて、挑まないプレイヤーは居ないだろ。ま、カミキリ城の雑魚敵にも苦戦していたくらいだから、レベル不足だったのは否定できないけどな」

 私とジャックは休憩も兼ねて谷底に一度下りると、川の水で喉を潤す。


「だがそれでもマラシアカには挑めた。挑んで、やられて、対策を練って、また挑んでって事を繰り返してたんだ。当時のトッププレイヤーたちとも話を出来て……あの時は楽しかった」

「後続としては嬉しい話ね。そうやって試行錯誤をしてくれた先達のおかげで、後ろから来たプレイヤーは楽を出来るようになるんだから」

 ジャックの引退時期はちょうど私が『Full Faith ONLine』を始めた時期と一致する。


「でも、そんなに楽しい状況だったのに、どうして止めたの?」

「色々と積み重なっていたのは確かだな。新しいボスを解き明かす楽しさはあれど、それでやられる不満が晴れるとも限らないわけだし」

 だから、少し気になっていた。

 どうしてジャックが『Full Faith ONLine』を辞めてしまったのか、その理由を。


「うん、本当に色々とあった。俺のミスでパーティが壊滅したこともあったし、他のメンバーのミスで壊滅したこともあった。詠唱ミスのような単純なミスでしくじったこともあったし、何度言っても立ち回りが改善しない奴も居た」

「……」

「土の槍、酸のブレス、薙ぎ払い、即死攻撃……まあ、大体の攻撃は受けて、壊滅したと思ってる。だが一番心が折れたのは……最後の自爆だな」

「あれかぁ。今となってはもうプレイヤーの間で周知の事実だけど……」

「ああ、当時は知られていなかった。やっと倒したと思ったら自爆で訳も分からずに全滅。それまでの諸々もあって不満が爆発。時期的な物もあってそのまま俺は引退ってな」

 だが、やはり原因はマラシアカの自爆攻撃であるらしい。

 まあ、分からなくもない。

 私は対策を持っているが……逆に言えば対策が無ければどうしようもない攻撃であるし、それが最後の最後に来るのだから、前情報なしでは本当に絶望的だろう。


「それで、当時のフレンドたちは?」

「分からないな。メニュー画面を見てもフレンドリストは消え失せてる。生きているならこの世界の何処かに居るんだろうが……とりあえずロズヴァレ村では見かけてないな」

「そう言えばフレンドリストは無くなってたわね。ほとんど使ってなかったから気にしてなかったわ」

「お前……」

 ジャックのフレンドたちの現状は不明。

 ただ、当時のトッププレイヤーならば、一部は今回の件の直前でもトッププレイヤーであろうし……出来れば都市部の方で頑張っていてもらいたいものではある。


「ま、俺の引退理由としてはそんな感じだな。で、そう言うエオナはどうなんだ?」

「どうって?」

「今のマラシアカに勝てるかどうかって話だ。俺はどう考えても戦力外だし、ロズヴァレ村の人間を巻き込むわけにはいかない。となれば、ゲームの時よりも強くなっているマラシアカにお前は一人で挑むしかない。どんなものかは敢えて聞いていないが、新魔法があるからと言って、そう簡単にどうにか出来る物じゃないだろ」

「ああ、その件ね」

 私はジャックの言葉にカミキリ城の方を向く。

 距離があるためにマラシアカの気配は感じない。

 だが、私がマラシアカであるならば……準備さえ整えば、なるべく早い内に撃って出てくるだろう。

 時間を与えればロズヴァレ村の側だって色々と対抗策を練り、準備を整えることが可能になるのだから。


「幾つかの懸念事項はあるけれど、おおよそは問題ないわ。マラシアカもカミキリ城のカミキリ兵たちも私一人でだいたい討ち取れる」

「本気か?」

「本気よ。ついでに命を捨てて、なんて展開にもならないわ。自分の破滅を前提とした行動なんて、サクルメンテ様の禁忌以外の何物でもないし」

「なるほど」

 そこから逆算すればマラシアカにとっての最善手は、現実になったその日か、その次の日までにロズヴァレ村を落とすと言うものだが……マラシアカは私一人の方が脅威と判断したのだろう。

 徹底的に私対策を練っている。

 恐らくは現実になってから、今までずっと。


「ただ、万が一の時はロズヴァレ村の人をできるだけ連れて逃げて頂戴。ロズヴァレ村を守るために死ぬ、なんて事は誰も望んでいないから」

「ああそうだな。それぐらいなら、俺でもなんとかなるだろう。フルムスは駄目でも、他の都市や村まで駄目とは限らないしな」

 その執念が怖い。

 私はその執念によって既に一度死にかけているのだから。


「さて、そろそろ上に戻りましょうか。レベル42なら、一日戦っていれば、レベルアップの一つ……いえ、二つか三つはするでしょ」

「……。待て、それ本気で……」

「レベル50までは立ち回りよりもレベルよ。モンスター討伐は信仰値だって上がるし。さあ、頑張りましょうか。ジャック」

「オワタ」

 その後、崖上に戻った私は適度にモンスターを集めてはジャックに討伐させる方法で、ジャックを鍛えつつ、カミキリ城に近づいて様子を確認した。

 カミキリ城に動きは無かった。


「……」

「エオナ?」

 表面上は。


「ジャック。ロズヴァレ村の方は貴方とシヨンに頼んだわ。避難準備と抜けてきた奴の対処をお願い」」

「何を言って……っつ!?」

 動きがあったのは地下だった。

 何かが地中奥深くを進んでいた。

 それに合わせるようにカミキリ城から一体のモンスターが……『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』が出てくる。


「任せろエオナ!!」

 ジャックがこの場から走り去っていく。


「さてエオナよ。我が神より託宣が下った。貴様だけは何としてでも殺せとの仰せだ」

「あら、ヤルダバオトが人間一人を気に掛けるだなんて随分ね」

 マラシアカが私の前に立ち、私は剣を構える。


「全くだ。だが、今の貴様ならば納得も行く。化け物め」

「そう、貴方には分かるの。なら、貴方の実力からして、こうするのが適切でしょうね」

 地中を進むのはカレイバモールにトンネルを掘らせて道を作り、ロズヴァレ村へ向かうカミキリ兵たち。

 だから私は発動した。


「隠蔽スイッチオフ。『スィルローゼ・プラト・ラウド・スィル=ベノム=ソンカペト・アハト』」

 御使いモードを。

 周囲一帯を自分の領域に変える魔法を。


「今度こそ逃さずに食らってくれるわ!」

「やれるものならやってみなさい」

 そして枯れた茨ばかりであるはずの枯れ茨の谷に、地中まで茨を伸ばす青々とした茨の領域が出来上がり、薔薇の花弁と匂いが満ちた。

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