27:ジャックの特訓-1
「ではお願いします。エオナ様」
「ええ、任せておいてください」
「……」
翌日。
朝の務めを終えた私はシヤドー神官に連れられてきたジャックに会った。
そして、シヤドー神官からの頼みで今日一日ジャックの修行の手助けをすることとなった。
「で、枯れ茨の谷か」
「枯れ茨の谷よ。百花の丘陵に行っている間に万が一があっても嫌だもの」
座学、それから日常の務めについてはシヤドー神官たちの指導で十分だろう。
ならば私がジャックに施すべきは戦闘関係についての指導。
そう判断して、私は剣を持って、ジャックは二本の短剣を携えて枯れ茨の谷へとやってきた。
「そう言えば、お前の話じゃ今日あたりマラシアカにかけた封印魔法が解けるって話だったか」
「何もなければね。実際にはもう解けていて、軍備の増強を再開していても何もおかしくはないわ」
「カミキリ魔法兵……だったか」
「そうよ。ヤルダバオトの魔法を使えるようになったカミキリ兵。他のモンスターと違って簡単には増えないのだけが救いの相手ね」
「まったくだ」
枯れ茨の谷の様子はそんなに変わらない。
モンスターが増えていて、百体以上のモンスターの集団が私たちへと向かってきているだけだ。
「「「ーーーーー!!」」」
「一応聞いておくが、アレを相手にしろって言われても無理だからな。逃げるからな」
「流石に言わないわよ。そうね……折角だから、私の訓練も兼ねようかしら」
向かってくるモンスターの大群に対してジャックは既に逃げる態勢を取っている。
まあ、ジャックの今の信仰値と実力でこれに対応するのは不可能なので、当然の反応だが。
「訓練って……」
「『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』」
私の剣が眩い青色の光に包み込まれる。
「何を……」
「『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』」
剣が変形し、茨の鞭になる。
「こっちに来る直前に手に入れた魔法の訓練よ。『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』」
そして三つ目の魔法を唱えた瞬間。
私は手に持っている茨の鞭が私の体の一部になったように感じると共に、どのようにすれば操れるかを理解する。
これが『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・アインス』。
『Full Faith ONLine』で魔蟲王マラシアカがレアドロップとして隠し持ち、『フィーデイ』に来る直前に手に入れた魔法。
効果は自分の周りにある茨を自分の思うとおりに動かせると言うだけのものだが……うん、先日の神官服を着る時にも利用してみたが、やはり色々と使えそうな魔法だ。
現実となった今ではゲームの時以上に。
「カレイバモール一体だけ残して、他は始末するわ」
「は?何を言って……」
「「「ーーーーー!!」」」
私は地鳴りを伴って近づいてくるモンスターたちに向けて茨の鞭を振るう。
茨の鞭は音を置き去りにする速さでモンスターたちの間を駆け巡る。
「ふんっ!」
そして、私が手首のスナップを利かせた瞬間。
「は?」
「「「っ!?」」」
弾けるような音と共にモンスターたちの体が切り裂かれ、鮮血、肉片、臓物、骨片が薔薇の花弁と共に大量に舞い上がり、地響きは止んで、モンスターたちは死体となって転がる。
残されたのはカレイバモール一体に……カレイバコンドルとカレイバキャタピラも一体ずつ無事に残ってしまったか。
虫の息で残っている者もそれなりに居る。
「流石に音速を超えている物体の制御は難しいわね。ま、いいわ。始末するから」
「ガギャッ!?」
「ギュピッ!?」
「エオナ怖い……」
どうやら、私の思考能力が追い付かず、実戦で初めて使った魔法を完全制御とはいかなかったらしい。
なので私は再度茨の鞭を振るって、カレイバモール以外を殲滅する。
「じゃ、後は頑張りなさい」
「お、おう……」
「グモオオォォ!!」
何にせよ、これで残るは仲間をやられた復讐に燃えるカレイバモール一体のみ。
と言う訳で私は剣を収めると、腕を組んでジャックの戦いの様子を見させてもらう事にする。
「やってやる……『シビメタ・メタル・エクイプ・エンチャ・ドライ』」
ジャックが魔法を詠唱。
使ったのは金と文明の神シビメタ様の基本五魔法、付与の第三等級。
どうやら、それぐらいなら使える程度には信仰値が戻ってきたらしい。
「グモッ!」
「ふんっ!」
さて、肝心のジャックの戦い方だが……近接系シビメタ神官としては割と一般的な部類の戦い方だ。
魔法で武器を強化して殴る。
魔法で防具を強化してダメージを抑える。
本当にシンプルな戦い方だ。
「『バンデス・ヒト・ミ・バフ=アタク・ドライ』」
「グモウッ!?」
一般的な部分から少し外れるのはサブ信仰に火と破壊の神バンデス様を選んでいて、攻撃力の強化を自身に施している点。
それと立ち回りが全体的に攻撃に寄っていると共に、一撃の重さよりも手数の多さを重視している事か。
「グモオオォォ……」
「ふうぅふぅ、ふっ、はあっ……ったか」
と、ここでカレイバモールが倒れ、目立った怪我もなくジャックが勝利する。
時間がかかったのは信仰値と使える魔法の問題であるし、戦闘終了後の呼吸は荒いが、吐いたりするような事はなさそうだ。
「戦闘に対する忌避感は大丈夫そうね」
「流石にここまで明確な殺意を向けられればな……俺は死にたくないんだ。死にたくないから……殺す覚悟くらいは付けられるさ」
「戦闘経験のブランクについては?」
「そっちは思った以上に動く感じだった。なんだかんだで2年も遊び続けていたからなんだろうな。意外と体が動いてくれる」
「なるほど」
「後は……この大量に流れ出ている血が戦闘中の興奮が終わった後にどう見えるか、だと思う。こう言うのはその時にならないと分からないしな」
ジャックはゲームの頃には有り得ない血塗れの短剣を見ながら、何かを考えているようだった。
が、私が見る限りでは戦闘終了後も含めて大丈夫だろう。
ジャックは既にこの世界で生きる為に必要な覚悟と、守りたいものを見いだせている。
これならば後は信仰値さえ戻ればどうとでもなる。
「それにしても、今の信仰値の状態でこれだけの火力が出せるなら、引退した頃はダメージディーラーとして十分に活躍出来ていたんじゃないの?」
「まあな、ただ……」
「マラシアカ?」
「ああ、あれで俺の心は折れたんだ」
尤も、マラシアカ以外が相手ならばと言う但し書きは着きそうだが。
実力的にも。
トラウマ的にも。