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20:千年封印薔薇

「ここってスィルローゼ様の祠、ですよね」

「ええそうよ」

「千年封印薔薇って咲いている薔薇の花だろ。見たところ花どころか蕾すらないが……」

「そりゃあ、千年封印薔薇だもの。咲くのは千年に一度、待つなら……そうね、最低でも980年くらいは待たないと駄目でしょうね」

「きゅ……!?」

「んな……!?」

 スィルローゼ様の祠にやってきた私はシヨンとジャックの言葉に応えつつ、スィルローゼ様の祠周囲を覆っている茨の根元近くで腰を下ろす。


「だから、こう言う方法で咲くまでの時間を短縮するのよ」

 そして、アイテム欄に入れてきた大量の栄養剤を取り出して、茨の根元に向けて注入。

 自宅に残されていた栄養剤にシー・マコトリスから買った栄養剤、両者を合わせて……ざっと百年分は成長を進めただろうか。


「まるで変わらないんだが……」

「まあ、たかだか100年分だしね」

 なお、言うまでもないことだが、普通の植物相手にこんな事をしてしまえば、栄養過多で根腐れを起こし、枯らしてしまう。

 此処の茨が大丈夫なのは、此処の茨がスィルローゼ様の祠を守る特別な茨であり、もっとはっきり言ってしまえば私よりも遥かに徳が高いスィルローゼ様の信徒だからである。


「さて、本番は此処からね。ざっと900年分は自分でどうにかしないと」

 私は軽く腕を回し、屈伸をして、まずは肉体の面でこれからに備える。

 それから詠唱を開始。


「『スィルローゼ・ウド・ミ・ブスタ・ツェーン』」

 まずはスィルローゼ様の魔法を強化。


「『スィルローゼ・サン・ミ・リジェ・ツェーン』、『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』、『ルナリド・ムン・ミ・リジェ・ゼクス』、『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ドリンク・フュンフ』、『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』、『サクルメンテ・ウォタ・ミ=ライマナ・バラス・アインス』、『サクルメンテ・カオス・ミ=バフ・エクステ・フュンフ』」

 そこから『スィルローゼ・サン・ミ・リジェ・ツェーン』と『ルナリド・ムン・ミ・リジェ・ゼクス』で自動回復を付与。

 『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』で円形に茨の絨毯を敷き詰めて場を整える。

 『サクルメンテ・ウォタ・ラウド・ドリンク・フュンフ』で周囲の空間に存在する水属性の力を増やす。

 『サクルメンテ・ウォタ・サクル・エクステ・フュンフ』で円を描いた結界や領域の効果を強化。

 『サクルメンテ・ウォタ・ミ=ライマナ・バラス・アインス』で消費したMPをHPを減らすことで補うようにする。

 最後に『サクルメンテ・カオス・ミ=バフ・エクステ・フュンフ』でこれらの効果全てを延長。

 これからすることが終わるまで、私のバフが切れないようにする。


「気のせいか、下手な敵を相手にするよりも多くのバフがかかっているような……」

「いや、気のせいではないと思いますよ。8個もバフをかけるなんて、レイドボスでもなければ普通は無いですし……」

 ジャックとシヨンの言葉は無視して、私は茨の前で跪き、両手を胸の前で組んで祈りの姿勢をとる。 


「茨と封印の神スィルローゼ様。僭越ながら私の望みを申し上げます。我が言の葉を門とし、我が魔を呼び水とし、命育む奇跡をこの地にて顕現して欲しく思います。『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』」

 使うのは『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』。

 スィルローゼ様の基本五魔法の一つ、生産に関わる魔法であり、その効果は植物を成長させること。


「何も……起きない?」

「でも、なんだか凄い量の力が茨に注ぎ込まれてるような……」

 魔法が発動する。

 私の魔力を呼び水として、スィルローゼ様の力が茨に注がれていく。

 そして、一年、二年、十年と茨と成長させていく。


「だが、蕾の一つも付かないぞ?」

「たぶん、まだまだ成長が足りないんだと思います」

 魔力が凄まじい勢いで減っていく。

 減った魔力を補うように体力が変換されていく。

 減った体力を増やすように私の身と周囲に降り注ぐ光が体力になっていく。

 その繰り返しで少しずつ少しずつ茨を成長させていく。


「これだけの力……なのにか?」

「もしかしたらこれが噂の生産用レイドボス……と言う奴なのかもしれません」

 懐かしいものだ。

 初めてこの茨を成長させた時は木属性主体のプレイヤー20人ほどで挑んで、皆がへばり切った頃になってようやく薔薇が咲いた筈。

 あの時のメンバーもきっとこの世界の何処かで生きているだろうから、いずれは会いたいものである。

 そして、今はあの時のメンバーは私以外誰もこの場に居ないのだから……私一人で頑張るしかない。

 人数が足りないのは、時間と信仰で埋め合わせるしかない。


「茨が伸びてきた……」

 ざっと百年分は成長させただろうか。

 茨が成長して、私の体に触れるようになってくる。

 だが、まだまだ足りない。


「っつ!?エオナ!?茨が……うおっ!?」

「邪魔は許さない……と言う事ですね」

 成長した茨が私の体に絡みついてくる。

 『Full Faith ONLine』の時にもあった仕様だが、現実となった今では与えられるのはしこりのような違和感ではなく鋭い棘が突き刺さる痛みが襲うようになっている。

 だがそれでも私は祈ることを止めずに、茨を成長させ続けていく。

 周囲が茨に包み込まれようとも、肉に茨が食い込んで血が滲もうとも、構わずに祈り続ける。


『何を求めている?』

 私の脳裏に不思議な声が響き渡る。


「力を求めています」

 私は特に疑問に思う事もなく、声に答える。


『極めてはいないが、既に貴殿は全ての魔法を知っているだろう。あの香水も必要とは思えない』

「いいえ、必要です。今の状況を脱するためにはスィルローゼ様に直接お話を伺う必要があります」


『貴殿一人が逃げ延びるだけならどうとでもなるだろう』

「私一人が生き延びても意味はないです」


『命を捨ててまで信仰を守る事などスィルローゼは望んでいない』

「命を捨てる気などありません。生き延びるために私は力を求めるのです」


『全てを一人で救えるとでも?』

「まさか。私は所詮、一人の人間。スィルローゼ様に仕える神官の一人でしかないです。ですが、それは救うための手を止める理由にはなりません」


『聖女にでもなったつもりか?信仰のために全てを捧げるとでも言うのか?』

「ええ、全てを捧げましょう。私の命も、心も、魂も。尤も、今必要なのは覚悟ではなく力であり手段です。聖女になるかどうかなど、どうでもよいことです」


『スィルローゼが貴様に微笑むとは限らないのだぞ?』

「別に構いません。私はスィルローゼ様に認識してもらうためにスィルローゼ様を信仰しているのではなく、スィルローゼ様の教えに共感し、その一助となることを願って信じてるのですから」


『貴殿は狂っている。それは真っ当な人間の歩んでいい道ではない』

「茨の道、大いに結構。それでこそ歩み甲斐があります」


『スィルローゼを泣かせる気か……』

「そんなつもりは毛頭ありません。我が信仰はスィルローゼ様を助けるためにあるのであって、泣かせるためにあるのではない。先程も申し上げたでしょう」


『スィルローゼの意思に反するつもりか』

「皆が幸せになれる言葉であるなら従います。ですが、ここで退けば私は助かっても、スィルローゼ様は泣かれるし、私含めて人間は誰も幸せになれない。ですから、スィルローゼ様の意思であろうと、此度ばかりは従う訳にはいきません」


『……』

「これで問答は終わりですか?茨様」


『分かった。貴殿に我が花を一輪授けよう』

「ありがとうございます」

 手の内に何かが生じるような感覚と共に、私の世界に光が戻ってくる。


『まったく、初めから忠実なる信徒にして守護者として作られた私に対して君は自由なる意思を持つ人間だろう。なのに何故、ここまで頑ななのやら……』

「それこそ愚問です。自分の意思で信じると決めたからこそ、私は進み続けるのです。それがどれほど険しい茨の道で有ろうとも、ね」

 そして私は目覚める。

 手の内に赤い薔薇の花を握り、全身の皮膚を茨で浅く傷つけた状態で戻ってくる。


「エオナ!?」

「エオナさん!?」

「感謝します。茨様。これで前へ進む事が出来そうです」

 薔薇の名前は千年封印薔薇。

 そして、千年封印薔薇を一輪だけ咲かせた茨は、大多数の蔓を枯らして、魔法を使う前と同じ状態に戻っていた。

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