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2:枯れ茨の谷で目覚めて

「う、ぐっ、何が……」

 ヒドイ目眩と共に私は目を覚ます。

 一体何が起きたのか、メッセージを開けただけで視界が暗転して倒れるなんて事はこれまでに一度もなかった。

 これは後で運営にメッセージを送らなければいけないだろう。

 公式を騙ったメッセージによってこうなったわけだし、かなり悪質だ。


「とりあえず……」

 私が今居るのは枯れた茨が時折見える荒地、枯れ茨の谷。

 マトモな方法では登れない急峻な山々に周囲を囲われ、プレイヤーは無数のモンスター、枯れた茨の壁と柵、深い谷に阻まれつつも、荒地と茨の橋を走り抜けて魔蟲王マラシアカの居城であるカミキリ城を目指すことになるマップ。

 魔蟲王マラシアカの人気の無さも相まって訪れるプレイヤーは極々僅かな寂しい土地である。


「起き上がらな……っつ!?」

 私はその場から立ち上がろうとして地面に手を着く。

 するとそこに枯れ茨の谷特有の枯れた茨があったのだろう。

 私の手に鋭い痛み(・・・・)が走る。


「えっ……」

 そう、鋭い……本当に棘が刺さったような痛み。

 慌てて自分の掌を見てみれば、そこには赤い雫がはっきりと存在していた。


「なに……これ……」

 あり得ない事だった。

 確かに『Full Faith ONLine』はとてもよく出来たゲームだった。

 どんな技術なのかは分からないが、五感を完全に再現していたし、現実で出来ることは凡そ全て出来た。

 よほどの特殊なプレイだって、信仰する神の組み合わせ次第でやる事が出来た。

 だが、そんな『Full Faith ONLine』もゲームであることには変わりなく、痛覚は強く押された感じとしこりのような感覚を与えることで代替していたし、規制の都合で血ではなく赤い光が飛び散るようになっていた。


「すぃ……『スィルローゼ・サン・ミ・リジェ・ツェーン』『ルナリド・ムン・ミ・リザレ・フィーア』『サクルメンテ・カオス・ミ=バフ・エクステ・フュンフ』!」

 とても、そう、とても嫌な予感を私は覚えていた。

 だから私は反射的に慣れしたんだ三つの魔法を唱えていた。

 『スィルローゼ・サン・ミ・リジェ・ツェーン』は光合成によって私のHPを自動回復する魔法。

 『ルナリド・ムン・ミ・リザレ・フィーア』は月の力によって一度だけ死んでも自動で復活する事が出来る魔法。

 『サクルメンテ・カオス・ミ=バフ・エクステ・フュンフ』は自分にかかっているバフを延長する魔法。

 私がゲームにログインしている間は常に効果を得られるように使っていた三つの魔法である。

 そうして三つの魔法は何事もなく発動。

 掌に着いた傷も直ぐに塞がる。


「本当に何が起きているの……」

 周囲に敵影がないことを確認すると共に、私が居るのが枯れ茨の谷の中でも特に奥の方であることを確認した私はメニュー画面を開く。

 そして、画面を一通りチェックした。


「身に着けていたものに信仰周りはそのまま。アイテムと通貨は無くなっている。ログアウトやヘルプ、設定は……無くなっている。そう……」

 ステータスに変化は見られなかった。

 アイテムと通貨が無くなっているのは悔しいし痛いが、最も重要な問題ではない。

 問題は……ログアウトと言うダンジョンの外ならば何時でも行える行為が出来なくなっているという事である。

 この問題に先程の痛覚の話を合わせて考えた場合……最初に感じた嫌な予感が事実になる事になる。


「最悪を想定して動くべきね……」

 よく出来た夢なのか、現実なのか、異世界なのか、全く未知の何かなのか、情報が足りないのだから結論は出ない。

 けれど間違っても死ぬ事は出来ない。

 私は今の状況をそう判断した。


「すぅ……はぁ……」

 私は一度深呼吸をすると、腰に差している薔薇飾りのついた剣……ローゼンスチェートを抜く。

 鍔と柄に大きな赤い薔薇が咲き誇り、茨のナックルガードを持ち、剣身に茨が絡みついた私愛用の剣である。

 頭には赤い薔薇をモチーフにした髪飾り、服は赤い薔薇の飾りがついた薄緑色のドレス、靴は赤い薔薇の飾りのついたブーツで、左腕には銀製の正円に三日月形のチャームを付けたブレスレットがある。

 そして体の内にはステータスを上げるためだけの装備品である宝珠(スフィア)の存在を感じる。

 魔法が使えることも先程確認したから問題は無い。

 私のレベルが87あるのも確認済みだ。

 そう、何も問題は無いのだ。


「「「グモォ……」」」

「「「キチチチチ……」」」

「「「ゲギョギョギョ……」」」

「来なさい」

 何時の間にやら私の周囲を無数のモンスター……レベル40前後のカレイバモール、カレイバキャタピィ、カレイバコンドル、他数種のモンスターが取り囲んでいたとしても、これならば何も問題は無い。

 所詮は格下の相手なのだから、油断せず適切に対処すれば、私にとっては何千居ようと雑兵と変わりない。


「グモオオォォ!」

 枯れた茨を主食とするモグラ型のモンスター、カレイバモールが一体、私に向けて鋭い爪を振り上げながら突っ込んでくる。


「『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』!」

「グモギャ!?」

 対する私は『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』……指定した場所の地面から茨の槍を生み出して攻撃する魔法を発動。

 地面から生えた茨の槍はカレイバモールの体を難なく食い破ると、臓物と血を撒き散らしながら真っ赤な薔薇を幾つも咲かせる。


「「「グモォ!」」」

「「「キチチチチ!」」」

「「「ゲギョギョギョ!」」」

「『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』!」

「「「!?」」」

 仲間の死に反応するように他のモンスターたちも突っ込んでくる。

 だから私は『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』によってローゼンスチェートの剣身を毒の茨の鞭へと変えると、勢い良く振るう。

 ただそれだけで私に襲い掛かろうとしたモンスターたちは身体を引き裂かれ、肉と血と骨を弾けさせ、私に降り注がせながら絶命していく。


「「「フシュルルル……」」」

「「「ジイィジイィ……」」」

「「「ボンムボム……」」」

「いい度胸よ。全員相手をしてやるわ。『サクルメンテ・ウォタ・ミ=ライマナ・バラス・アインス』」

 だが私に襲い掛かるモンスターはまだ尽きない。

 もしかしなくても、枯れ茨の谷に居る全てのモンスターが私目掛けて襲い掛かってきているのではないか、そう思うほどの量だった。


「『スィルローゼ・ウド・フロトエリア・ソンウェイブ・ズィーベン』!」

「「「!?」」」

 だから私は暴れ続けた。

 茨の波を起こして敵を薙ぎ払い、茨の絨毯を敷き詰めて動くだけで手傷を負うようにし、面倒な敵は茨で拘束して何も出来なくした上で始末し、茨の槍、鞭、矢を縦横無尽に放ち続けた。

 モンスターの波が途切れるまで、死体の山が積み重なって、私の全身が真っ赤に染まって、薔薇と血の匂いが周囲一帯に充満して、私以外に動くものが無くなるまで暴れ続けた。


「ふううぅぅ……はあぁぁ……ふううぅぅ……」

 そうして私に襲い掛かるモンスターが居なくなる頃には日は完全に落ち、空には黄色い満月が浮かんでいた。

 同時に私は悟る。

 此処は現実である。

 如何なる理由で、如何なる方法で飛ばされたのかは分からないが、私は『Full Faith ONLine』の世界である『フィーデイ』へと飛ばされたのだと。


「いいでしょう。ならば私はスィルローゼ様の御使いとして、全ての敵を封じ、屠るのみです。見ていて……くださいませ……スィルローゼ様……」

 その日、私は無数のモンスターの死体と茨に囲まれて眠りに落ちた。

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