196:新たなる剣-6
「「「ブゥ、メッコオオオォォォ!!」」」
アイブリド・ロージスの初手は、猪の頭から紫色の瘴気のブレス、羊の頭から桃色の睡眠効果を持つブレス、鶏の頭から燃え盛る炎のブレスを、一斉に吐き出す事だった。
やってきた直後の躾と能力確認の時も同じ行動をしていたし、ある種の癖と言うか、力試しも兼ねた固定行動のようなものなのだろう。
「『スィルローゼ・ウド・フロト・ソンウォル・アハト』」
対する私はブレス攻撃への一般的な対処方法として、自分の目の前に茨の壁を生成。
瘴気のブレスが金属性を含むという属性不利の面をスィルローゼ様への信仰値の高さで誤魔化して、防御を行う。
「さて……」
やがてブレスが止み、アイブリド・ロージスが茨の壁の向こう側で動き出す。
だがそれはこちらに向かってくるという意味ではなく、魚が水底へ向けて潜るように、何もない虚空に飛び込んで姿を消すというもの。
アイブリド・ロージスの能力の一つである、空間潜航能力。
その巨体では通り抜けられない場所を通り抜けたり、危険な攻撃を回避したりするのに用いる能力であるが、欠点も当然ある。
「『ルナリド・ディム・ミ=ヘイト・ダウン・フュンフ』、『ルナリド・ムン・フロト・ファトム=ミ=イメジ・フュンフ』」
私は素早く二つの魔法を発動した上で、後ろに飛び退く。
その際に、私自身よりも私の姿をした虚像の方が、より遠くまで飛び退くようにイメージして動く。
「ブモウッ!」
直後、海面から飛び出すかのように虚空から現れたアイブリド・ロージスが猪の頭で虚像を噛み砕こうとして、空を切る。
「「「ブメッコ!?」」」
そう、これが欠点。
空間潜航を解除して現れる際に直接攻撃による不意打ちを行う事は出来る。
だがしかし、どのような方法でこちらを探っているのかは分からないが、空間潜航中は本物と偽物の見分けが極めて苦手なようなのだ。
これは潜航中はブレスなどの遠距離攻撃手段を使えない点、潜行を行うのと解除するのに多少のスペースが必要な点と合わせて、明確な欠点である。
「『サクルメンテ・アイス・ワン・バフ=イリュシャ・フュンフ』」
そうして明確な隙を晒したアイブリド・ロージスの腹に触れた私は一つの魔法を発動。
それから直ぐに剣を振るおうとする。
対するアイブリド・ロージスは私の攻撃を回避するためだろう。
空間潜航状態を少しでも早く終わらせるべく、体を捻り、残りの体を出来るだけ素早く虚空から抜こうとする。
「「「ブミャッコウッ!?」」」
「おっと」
一瞬の間を置いた後、アイブリド・ロージスの体が空中で急回転、複雑なきりもみ回転をしつつ地面に接触した上に、回転の勢いが途切れずに何度も何度も転がる。
私はその様子を、攻撃を途中で止めて距離を取った事によって、安全圏から確認している。
「うん、上手くいったわね」
「「「ブ、ブメッコオオォォ……?」」」
私が放った魔法の名は『サクルメンテ・アイス・ワン・バフ=イリュシャ・フュンフ』。
その効果は慣性強化であり、かいつまんで言ってしまえば加減速を難しくする魔法。
本来は壁や盾役にかけてよろめきづらくしたり、『サクルメンテ・ストン・ネクス=スペル・ディレイ・フュンフ』の発動遅延と組み合わせて投擲物がより遠くまで飛ぶようにするようにするための魔法だが、動いている敵にかけると、こう言う派手な転倒に繋げる事が出来る。
なにせ、たったの数秒とは言え、体を動かし始めるのにも、止めるのにも普段よりも余分に力をかける必要が生じるのだから。
「じゃ、『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
「「「ブメッコウ!?」」」
そして、その数秒を見逃す私ではない。
と言う訳で、私は剣を毒を含んだ鞭に変えた上で自分の意志で操れるようにし、一気に何十度とアイブリド・ロージスに攻撃を仕掛けていく。
「ブメコ!」
「むっ……」
さて、並の相手ならば後は倒れるまで打ち据えるだけなのだが、流石はアイブリド・ロージスと言うべきか。
慣性強化が切れると同時に、私の鞭を猪の頭が噛んで止め、前足で茨を踏みつける事で完全に抑え込む。
「スゥ……コケコッコオオォォ!」
「強化解除ね」
そこへ鶏の頭が大きく嘶き、私にかかっている強化魔法を吹き飛ばし、茨の鞭もただの剣に戻る。
うん、強化解除阻止の魔法自体は持っているが、流石にただ鳴くだけでいい相手に後出しで防ぐのは無理である。
「なら、『スィルローゼ・ウド・ワン・ソンランス・ツェーン』!」
「メエエェェ!!」
だから私は追撃として茨の槍をアイブリド・ロージスの腹下から出現させて攻撃しようとしたわけだが、羊の頭が私の攻撃より早く鳴いて、黄金色の障壁を展開。
私の茨の槍による攻撃を防ぐ。
「いい判断ね。けど、次を撃つまでに時間は必要そうね」
「「「……」」」
うん、見事に凌がれた。
凌がれたが……アイブリド・ロージスの三つの頭の内、鶏と羊の頭は明らかに疲労している。
当然だ、あれほどの力を発揮するのに、ノーコストでなんて都合のいい話は、私の方にもない。
「と言う訳で『スィルローゼ・プラト・ワン・バイン・ツェーン』」
「「「ブメッコ!?」」」
私は駆け出すと同時にアイブリド・ロージスを拘束。
「ブメ……」
対するアイブリド・ロージスは拘束されていなかった茨の尾を操って、私に向けて突き出してくる。
この茨の尾には毒が含まれていて、触れるだけでも状態異常になる厄介な物であるが……。
「甘いわね。『スィルローゼ・プラト・ワン・ベノム=ソンボル・フュンフ』」
「ッコ!?」
私の剣から一本の茨が放たれ、それが茨の尾に突き刺さる事により、ほんの僅かに軌道が逸れると共に動きが遅くなり、その間に私はアイブリド・ロージスの懐に入り込む。
「『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』、『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ソンウェプ・ツェーン』、『スィルローゼ・サンダ・ソン・コントロ・フュンフ』」
「「「!?」」」
そして私はアイブリド・ロージスの腹から背を貫くように青く輝く剣を突き入れて心臓を破壊すると共に、三つの頭を素早く刈り取って、アイブリド・ロージスを仕留める。
その動きには淀みも何もなく、ニグロム・ローザの力を示すには十分すぎるものでもあった。