194:新たなる剣-4
「ふぅ、これでよし」
ウルツァイトさんの鍛冶作業は日暮れまで続いた。
燃え盛る炎を前に汗水垂らし、幾つもの魔法を詠唱して発動しては、素人目にはどのような工程なのかも分からない作業を幾つも挟みつつ、ウルツァイトさんは休みなく作業を続けた。
その力強さは彼女が病み上がりに分類される人間である事を忘れさせるものであると同時に、何処か危うさも感じさせるものだった。
だが、どうやら無事に完成したらしい。
ウルツァイトさんは鍛冶作業用の魔法で剣を冷却し始めると同時に、その場に腰を下ろす。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと気が抜けただけだよ」
その様子にメイグイが慌てて近づき、ウルツァイトさんに水を飲ませ始める。
「完成、でいいのよね」
「私に出来る範囲ではそうだね」
私はメイグイにウルツァイトさんの介抱を任せると、冷却中の剣に近づく。
「銘はニグロム・ローザ。ラテン語で黒い薔薇って意味だね」
「黒い薔薇?」
剣の基本的なデザインや長さ、それに重さと言ったものは、この剣の元となったローゼンスチェートとほぼ同じであり、これならば今までと変わらない感覚で扱えるだろう。
だが変化が無いわけではない。
具体的に言えば、色が大きく変わっている。
「もう持ってみても大丈夫よね」
「問題ないよ」
私はニグロム・ローザを手に取る。
ローゼンスチェートに付いていた薔薇の装飾は赤い薔薇だった。
だが、ニグロム・ローザに付いている薔薇の装飾は、その名前の通りに黒い。
それもただの黒ではなく、漆黒と評するべき黒だ。
「黒い薔薇……」
「たぶん、素材のどれかが影響を及ぼしているんだろうね。アタシの技術ではどう弄っても、色の変更は出来そうになかった」
「そうなの。まあ、黒の出所の予想は付くから大丈夫よ」
ニグロム・ローザにはメンシオスの黒い霧によって破壊されたE12とE13の破片が使われている。
恐らくだが、何かしらの魔法的要因によって、破片に含まれていた黒が装飾に現れたのだろう。
そして、極々微量だが……黒い霧の力も継いでいるようだ。
私が自分の意志で増幅しなければ問題にはならないだろうが、取り扱いには注意が必要だろう。
「それにしても、スオウノバラにだいぶ近づいた感じはあるわね」
「そうなのかい?」
「ええ、刃がほんの僅かに緑がかっているところとか、そのままよ」
他の変化としては刃の色だろうか。
ローゼンスチェートは綺麗な銀色だったが、ニグロム・ローザは銀にほんの僅かだが緑が混じったような色をしている。
これは恐らくだが私の素材を使った影響だろう。
「性能は……破格ね」
「破格ですか」
「破格だろうね」
で、最後に肝心の性能だが……手に持つ装備品の効果が限られている『Full Faith ONLine』及び『フィーデイ』の世界において、スィルローゼ様の魔法の効果を10%以上増加させるだけでなく、装備者に対して強い行動阻害系状態異常への耐性を与える武器など破格以外の何物でもない。
おまけに、明文化されていないようだが、メンシオスの黒い霧の効果を増幅する作用に、私と同化している間に自然修復されていく機能、簡単な封印の類ならば斬り壊せる力なども秘められているようだ。
ここまでの装備品は、『満月の巡礼者』どころか『ジェノレッジ』でも早々お目にかかることは無いだろう。
「……」
「気付いたかい?」
「そうね。気付いたわ」
そうしてニグロム・ローザの力を探っていて私は気づく。
まだ、ニグロム・ローザに込められた力には不安定さが残っており、それを安定させる仕上げが残っている事に。
「剣も含めて、あらゆる道具は目的を持って振るわれてこそだとアタシは思ってる。そしてアタシはニグロム・ローザを復讐の念を込めながら打った。この剣でアタシの仲間を殺した者たちへの復讐を果たしてほしいと願った」
「そうみたいね」
「でもね。それはアタシ個人の意志であって、実際に振るう誰かが込める念は別にあると思ってる。だから、その分の隙間は残したのさ。現実になって、アタシよりも格上の鍛冶師が打った作品に触れて、そこから盗み取れるものを盗み取って、それらのおかげで、これくらいの細工は出来るようになったからね」
「……」
「さて、エオナ。アンタはそこにどんな思いを込める?」
「決まっているわ」
私はニグロム・ローザを両手で、誰かに捧げるように持つと、その場で膝をつき、首を垂れる。
「私は茨と封印の神スィルローゼ様の代行者、エオナ。我が信仰と刃はスィルローゼ様の為にあるものであり、我が命と力はスィルローゼ様に捧げるためにある。スィルローゼ様を助け、スィルローゼ様が望みを叶え、スィルローゼ様の思いに応える事こそが我が使命。故に、黒い薔薇の刃を手にしても私は変わらずスィルローゼ様を信ずるものとしての勤めを果たすのみです」
そして、スィルローゼ様に対して心の底からの祈りを捧げる。
するとニグロム・ローザの隙間にも私の思いと魔力が注ぎ込まれていき、不安定だった力が安定化。
同時に、蘇芳色と青色の魔力が周囲に溢れ出て、完成を祝福するかのように輝き出し、剣身が目を凝らせば見えるかどうかと言うぐらいに僅かで淡い光を帯びるようになる。
「ウルツァイトさん。ニグロム・ローザ。早速ありがたく使わせてもらうわ」
「あ、ああ……そう……だね……」
「これって……じん……いや、幾ら何でも……」
こうしてニグロム・ローザは無事に完成した。
この力はきっと、今後の私の道行きを大いに助けてくれることだろう。
09/27誤字訂正