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19:神憑香水

「エ、エオナ様。その御姿は一体……枯れ茨の谷に向かったとは聞きましたが……」

「マラシアカと一戦交えてきました。アチラも三日は動けなくなったので、安心してください」

 隠蔽スイッチをオンにした私がロズヴァレ村に帰ってくると、直ぐに村長やシヤドー神官たちが駆け寄ってくる。


「マ、マラシアカ!?『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』ですか!?」

「ええ、そのマラシアカです。ジャックとシヨンは?」

「お二人ならば先程までは百花の丘陵に出ていましたが、一通りモンスターを狩ってきたとかで、今はエオナ様の家に居ます」

「そうですか」

 どうやら私が急に飛び出したこともあって、ロズヴァレ村の人たちにはかなりの心配をかけてしまったらしい。

 うん、これは純粋に失敗した。

 もう少し期を見て、自然に出るべきだったか。


「エオナ様、マラシアカは一体何をする気なのですか……」

「モンスターのする事など決まっています。ですがご安心を。それをさせないために私は居るのですから」

「エオナ様……」

 だがやってしまったものは仕方がない。

 私は可能な限り村人たちを安心させるように微笑みかける。

 そして、村人たちの崇めるような視線を背に受けつつ、私は自分の家に入る。


「むかつく」

「ひっ!?」

「うおいっ!?」

 で、家に入ってふがいない自分に対する苛立ちを言葉にした瞬間、家の中に居たシヨンとジャックが怯えた様子を見せる。


「本気でむかつくわ。スィルローゼ様に対する敵対宣言をマラシアカの奴がしてきたのに、リポップの件を抜きにしても逃げ帰るしかなかった私の実力の無さにね」

「ああ、その服はそう言う……とりあえず上半身の服を変えておけ、凄いことになっているぞ」

「ん?ああ、本当ね、気が付かなかったわ」

 私は怯えるシヨンを横目に捉えつつも、マラシアカの攻撃によって破壊されてしまった上着を着替える。

 羞恥心?そんなものはこの怒りの前ではどうでもいいことである。


「あ、あの、いったい何があったんですか……」

「色々とあったのよ。まあ、今回得た情報を考えたら、盾と服を一つずつ失った以上の成果ではあるわね。とりあえず話すわ」

 服を着替え終わった私は水を一杯飲むと椅子に腰かけ、カミキリ城であったことを二人に話す。

 マラシアカが魔蟲王マラシアカから『皆断ちの魔蟲王マラシアカ』に変わっている事。

 マラシアカが金属性を扱うようになっていたこと。

 ボスエリアの外に出て、出来る行動の範囲も変わっている事。

 ヤルダバオトの魔法を使うカミキリ兵が現れている事。

 敵がリポップする事。

 ゲーム時代の記憶を彼らも持っていて、そこから私対策が練られており、一度殺された事。

 このまま放置しておけば、マラシアカたちがロズヴァレ村を襲いに来る事。

 他にもカミキリ城であった事を一通り話していく。

 そして、これらの話を聞いたシヨンとジャックは……。


「そんな、ゲームの時よりも明らかに強化されているじゃないですか……」

「嘘だろ。そんな連中どうすればいいんだよ……」

 絶望。

 そう言う他ない表情をしていた。


「ま、絶望したくなる気持ちは分かるわ。一度に動員できる数に限りはあれど、敵の勢力は実質無限。おまけにゲームを成立させるためにあった各種制限が無くなっているんだものね。現状の手札じゃ勝ち目なんてないわ」

「エオナ、お前なんでそんなに冷静に……」

「もしかして、『スィルローゼの神憑(トランス)香水(パフューム)』で使えるようになるエルフ(11)の魔法に現状を打破できる何かが……」

「無いわよ。ゲームの仕様上、恒久的に影響を及ぼす魔法なんてないもの。仮にあるとしたら……それこそエルフの上、ツヴェルフ(12)とでも呼ぶべき等級であり、プレイヤーには絶対に手が届かない魔法でしょうね」

「あう……」

「マジか……」

 そう、私の現状の手札にこの状況をどうにかする魔法……モンスターのリポップを止める魔法なんて物はない。

 しかし、これはあくまでも現状の手札では、と言う話だ。


「だから私は新しい魔法を求めるのよ。不遜極まりない行いではあるけれど、エルフの神託でスィルローゼ様に直接助言を求めて、この状況をどうにかする魔法を授かる。これが私の策よ」

 私は『悪と叛乱の神の種子』を手に入れた。

 だから後は千年封印薔薇さえ手に入れれば、『スィルローゼの神憑香水』を作る事が出来る。

 そうすれば……非常に細い糸であるが、この状況を打開する道が見えるだろう。


「も、もしもそれでどうにもならなかったら……」

「その時は私がスィルローゼ様の究極封印結界をカミキリ城全体に張り続けるしかないわねぇ……その間に他の地域のボスモンスターが勢力を増して、詰みそうな予感がするけど」

「マジか……」

「大丈夫よ。だってスィルローゼ様は茨と封印の神。世界各地のボスモンスターたちを封じる結界を作っていたのはスィルローゼ様だもの。私の実力不足で授かった魔法を扱えないはあっても、方法を知らないってのは無いわ」

 うん、私の実力不足はあり得る。

 私は所詮人間であり、スィルローゼ様の力の一端しか使えないのだから。

 でも、そんな心配は今してもしょうがない。

 だって、まだ魔法を授かるどころか、その前段階の前段階すら果たしていないのだから。


「ま、いざって時は逃げればいいんじゃない?何をするにしたって命あっての物種。スィルローゼ様もサクルメンテ様も自己犠牲の上の信仰なんて望んでない」

「「……」」

「私は何があってもマラシアカの奴を完全に殺して、スィルローゼ様もロズヴァレ村も守るけどね」

「お、おう……」

「ひっ……」

 だから私は『スィルローゼの神憑香水』作成に取り掛かるべく、最後の素材……千年封印薔薇を取りに家の隣、スィルローゼ様の祠へ必要な素材を持って行く。


「さて、気合いを入れないと」

 千年封印薔薇、それは千年に一度だけ咲くスィルローゼ様の力が込められた薔薇の花。

 『スィルローゼの神憑香水』において、一切の代替が許されない上に、採取から24時間以内に使わなければただの薔薇になってしまう特殊なアイテム。

 その入手方法は恐らくスィルローゼ様を信仰している神官でも極一部しか知らない。

 そんな特殊なレアアイテムである。

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