186:抜け出す-4
「……っつ!?エオナ、お前……」
「認めただけだから、安心しなさい」
『エオナガルド』でスヴェダを怨霊に変えた上で封印したのと同時に、『フィーデイ』に居る私に対してルナが信じがたい物を見る目を向けてくる。
「……。後で詳しく聞かせてもらうぞ」
「心配しなくても、私の本質や行動指針は変わらないわ」
流石はルナリド様から直接神器を授かったルナリド様の御使いと言うべきか。
ルナは私が自分の事を悪と叛乱の神ヤルダバオトの代行者でもある事を認めた事を、何かしらの方法で勘付いたらしい。
が、現状では今は私に構っている暇はない。
だから、後回しにする事を決めたようだ。
なお、此処までの会話は私とルナにしか聞こえないようにやっている。
「で、着いたけれど、状況はどうなっているのかしら?」
「そうだな。現状についての報告を頼む」
「分かりました!」
さて、ウルツァイトさんの鍛冶工房だが……どうやら完全にダンジョンと化しているらしい。
出現と同時に調査を開始した『満月の巡礼者』のメンバーによれば。
・内部は推奨レベル50台のダンジョンとなっており、多数のゾンビ系モンスターが徘徊すると同時に、多数の罠がある。
・現在第二階層まで探索したが、何階まであるかは不明であり、既に死者も出ている。
・内部で死んだ人間はゾンビになって、仲間に襲い掛かってくる。
・アイテムの類は確認されず。
・塔には窓のような物が設置されているが、そこから入っても一階に飛ばされる。
・誰もダンジョンの中に入っていない状態になると、探索状態がリセットされ、構造も変化する。
・現在はルナの指示待ちという事で、全員塔の外に出ている。
と言うある種の自動生成ダンジョンのような状態になっているそうだ。
「ふうん……」
「そして、人質は最深部に居る、か。厄介だな……」
「うわぁ……」
「ちっ、本格的に面倒くさいわね……」
恐らくだが、E12がフルムス遊水迷路の情報をジェラシピリッツから得ていて、それを利用する事でE12自身か、ウルツァイトさんを操っているE13が、このダンジョンを作り上げたのだろう。
となると……見た目は高く見積もっても十数メートル程度の塔だが、内部は十数階に分かれていてもおかしくはないか。
「それとですね……」
と、ここで私たちに説明をしてくれていた『満月の巡礼者』のプレイヤーが横目で、ダンジョンの周囲で野次馬の様にしつつも、戦意を漲らせている一団へと視線を向ける。
「他の枢機卿か?」
「はい。一時間以内に対策の開始が出来ないようであれば、カミア・ルナ巡礼枢機卿には対処能力が無いと判断して、独自にダンジョン攻略を始める、との事です」
「まあ、真っ当な論理ではあるな……」
どうやら、彼らは高レベルのプレイヤーであると同時に、ルナたち『満月の巡礼者』と敵対する関係にあるらしい。
こちらに対して敵意をむき出しにした視線を送っている。
だが、それと同時に油断なくダンジョンの様子を窺っている。
フルムス遊水迷路に大した情報もなく突っ込んだ連中と違って、きちんと機を窺う事は出来るようだ。
「さて、どうしたものか……」
「そうねぇ……」
ルナは悩み始める。
これ以上の犠牲は出せない。
しかし、ダンジョンを放置することは絶対に出来ないし、ウルツァイトさんを見捨てることも出来ない。
きっと、そんな風に考えているところだろう。
「とりあえず、『スィルローゼ・プラト・ラウド・ソンカペト・ツェーン』」
「っつ!?エオナ!?」
「エオナ様!?」
「アンタ何を!?」
が、実のところ、そうやって悩む必要など、何処にもないのである。
と言う訳で私は周囲一帯に茨の絨毯を敷き詰めていく。
「何をする気だ。エオナ」
「ルナ、一応聞くけれど、あのダンジョンを残しておいてほしいとか、そんな馬鹿な考えは持っていないわよね」
「何をする気だと聞いている!」
「はいはい、返答がないって事は私の都合のいいように解釈していいって事ね」
ルナが腰の杖を抜くと、私に先端を向けてくる。
しかし、私はそれを気にすることなく、代行者としての姿を露わにした上で、茨を塔へと絡ませていく。
「エ、エオナ様、まさかとは思いますが……」
「正気なの、アンタ……」
「向こうにウルツァイトが居るのを理解しているのかお前は……」
なんとなく私がやろうとしている事を察したのだろう。
この場に居る全員が動揺、あるいは恐怖し、信じられないものを見る様な目を私に向けてきている。
「ちょっとした豆知識と言うか、少し考えれば分かる事として、ダンジョンと言うのは魔法無しでは成り立たないものなの。そして、その魔法の源は、そのダンジョンの支配者や管理者が信仰する神に通じる。今回の場合は、ほぼ間違いなくヤルダバオトね」
茨は塔の表面のほぼ全てを覆い、それと同時に塔を締め付け始める。
だが、当然のこととして、ダンジョンの生成と管理と言う強力な魔法によって守られた塔は、どれほど締め付けても歪み一つ見せない。
このままでは、何百年絞め続けようが、傷一つつかないだろう。
「つまり、信仰を磨り潰せば、ダンジョンは維持できない」
「「「!?」」」
だから私はメンシオスの黒い霧を塔を覆う茨に纏わせた。
すると、メンシオスの黒い霧は即座にダンジョンを形成する魔法を侵食し始め、それに合わせるように塔が嫌な音を立て始める。
「ウルツァイトを見捨てる気か!エオナ!!」
「心配しなくてもウルツァイトさんは大丈夫よ」
「「「ーーーーーーーーーー!?」」」
嫌な音はやがて破壊音に変わり始め、瓦礫が零れ落ち始め、周囲に集めっている人々から悲鳴の声が上がり始める。
同時にダンジョンの中のモンスターがダンジョンの外に逃げ出そうするが、メンシオスの黒い霧によって魂が磨り潰され、消滅していく。
そして、塔が完全に破壊される直前。
「だって、ウルツァイトさんが死んで詰むのはアチラだもの」
塔の頂上付近から、壁も茨も切り裂いて、一つの人影が脱出。
茨の絨毯の上に降り立つ。
「ア……アンタは人質を何だと思っているんだい!!」
それはE13に操られたウルツァイトさんだった。