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185:抜け出す-3

「ふんっ!」

『っつ!?矢が……!?』

 スヴェダが放つ矢の悉くを私は鞭で撃ち落としていく。

 私の頭を狙いすまして放たれた矢も、とにかく命中させることを狙って複数本同時に放たれた矢も、魔法で生成することによって何かしらの仕掛けを施した矢も関係なくすべてを叩き落していく。


「ふふっ、大したことないわね。スヴェダ、貴方の憎悪はこんなものなのかしら?」

『このっ……』

 私は間違っても善ではない。

 むしろ、私は悪である。

 スィルローゼ様の願いを叶えることを是とし、第一としているからこそ、何も知らない者には私が正しき者の様に見えている。

 だが、本質的にはスィルローゼ様の願いを叶えるという行為に酔いしれているだけの愚物に過ぎないし、はっきり言ってしまえばスィルローゼ様以外はどうとでもいいと思っている。

 故に私は悪である。

 悪と叛乱の神ヤルダバオトに自身の代行者として相応しいと、目を付けられる程度には。


『そもそもお前が!私をこんな檻に閉じ込めたのが!!』

「ええ、そうね。私は貴方を『エオナガルド』に閉じ込めた。その方が私にとって都合が良かったから。でも、貴方を閉じ込めた当初の目的は既に達成されてしまったのよねぇ……」

 スヴェダの持つ弓から雷を纏った矢が放たれる。

 私はそれを左手に出現させた茨の棘の短剣を投げつける事で迎撃し、空中でお互いに砕けち合うようにする。

 そして、私の迎撃の隙を突くように陰属性の力が込められた矢も放ってくるが、そちらは右手に出現させてある鞭で順次薙ぎ払っていく。


『だったら出せ!私を出せ!私を解放しろ!私は奴を祟り殺しに行くんだ!!』

「お断りね。私より弱い貴方を外に出したところで、返り討ちにあって相手の力が増すだけだもの。それは私が困るのよ」

『ふざけるなアアアァァァ!!』

「ただの事実じゃない」

 私は間違っても従順ではない。

 むしろ、私は反抗的である。

 スィルローゼ様に対しては従順であろうとしているし、周囲からもそう思われてはいるだろう。

 しかし、スィルローゼ様の為になると思えば、私はスィルローゼ様にすら反旗を翻す事があるし、今後スィルローゼ様の為になると判断したのであれば、スィルローゼ様自らが施した封印であっても私は封印を破り、封じられている物を滅するだろう。

 故に私は反抗的であり、反逆者であり、叛乱を起こす者でもある。

 世界の摂理に反する振る舞いをしただとか、ヤルダバオトの姿を直接見たことがあるとか、そんな話の以前から、私は奴の代行者に相応しい立ち振る舞いをしている。


『殺してヤル!殺シテヤル!コロシテヤル!!』

 スヴェダはもう完全に怨霊と化している。

 視界に入った生者全てを敵とみなし、力尽きるまで暴れる……いや、その手に持った弓で怨みの矢を放ち、射殺すモンスターと化している。

 私に彼女の恨みを解きほぐすだけの力あれば、こうなる前に真っ当な方法で救うことも出来たのだろうが……私にそんな力はない。

 だから、私は真っ当でない方法を取る。


『お前を殺し……!?』

「だから、私に従わせるのよ」

 私は足の裏から茨を勢いよく生やす反動で跳躍すると、ほぼ一瞬でスヴェダの眼前に迫る。


「ふんっ!」

『べごっ!?』

 そして右腕に大量の茨を巻き付かせた上で殴る。


『この……っつ!?』

「ふん、せいっ!おらぁ!!」

 怯んだスヴェダを押し倒して、馬乗りになって、何度も何度も殴りつける。

 スヴェダがゴースト系特有の透明化によって逃げ出そうとしても、『エオナガルド』が私の支配圏である事を利用して能力を無効化し、どちらが上かを物理的に叩き込んでいく。

 普通の人間相手ならばやり過ぎでしかないが、今のスヴェダは怨霊であるため、これくらいやらなければ心を折れないと言う事もあり、容赦なく殴り続ける。


『あ……ギ……ナんデ……私ガ……コンナ目ニ……』

「まあ、悪いことをしたという自覚はあるわ。こっちの勝手な都合で死ねなくして、怨霊にして、挙句に殴る蹴るの暴行と言うか拷問?虐待?まあ、なんにしても私に力を授けて下さっている神様たちには間違っても見せられない行為のオンパレードだもの。でもね……」

 そうしてスヴェダがそう簡単に起き上がれなくなったところで、私はスヴェダの首と後ろ手に回した両手首、それに両足首へと茨の縄を巻き付かせた上で、その場に釣り上げてエビ反りにさせる。

 私の本能あるいは血が知っている、人の霊魂が何処までなら締め付け、傷つけても大丈夫なのかと言う知識に従って、私はスヴェダを傷つけていく。


「私は皆封じの魔荊王エオナ=ロザレス。『エオナガルド』に封じられた者に自由は許さず、茨の刑罰を下し虐げるのが私と言う存在。貴方が人であれば私は人として扱うが、貴方が怨霊と化したならば、その原因が私にあったとしても私は貴方をモンスターとして扱い、捕え、虐げる。そう言う化け物なのよ」

『ーーーーーーーーー!!』

 茨が締め上げられ、スヴェダが声にならない叫び声を上げる。

 厄介な事に、私の耳にはスヴェダのそんな声が心地よい物に聞こえ始めている。

 どうやら、急がないと危険であるらしい。


「スヴェダ。貴方は今後、私に悪霊射手のスヴェダとして仕えてもらう」

『誰ガ……イギィ!?』

 私は釣られた状態のスヴェダに腰かける。

 すると当然私の重みの分だけ、縄となった茨はきつく締まる。


「貴方に決定権はない。貴方にあるのは自分から従うか、従わされるかの二択だけ。さあ、選びなさい。此処には死と言う逃げ道もないのだから」

『ア……グ……ナンデ……ナンデワタシガ……』

 スヴェダは泣いている。

 当然だ、此処に至るまでスヴェダは理不尽な目にしかあっていないのだから、これでおかしいと感じない方がおかしい。

 だがそれでも私はスヴェダを虐げる。


「怨みなさい。私を、この世の理不尽を、貴方を殺したものを。怨んで怨んで……怨みつくして、それだけを怨み射貫きなさい」

『アアッ……ウウッ……怨ンデやる……怨み殺シてやる』

「ええ、それでいいの。貴方にはその権利がある。私は貴方が如何なる感情を持つ事も止めない」

 悪と叛乱の神ヤルダバオトの代行者として、新たなモンスターを生み出し、『エオナガルド』に封じ、自身の僕として従える。


「さあ、スヴェダ。ようく覚えておきなさい。これが貴方が怨むべき化け物の一人よ」

『お前を……エオナを……コロシテヤル……殺してやる!』

 私はスヴェダの茨を解き、痛みで動けないでいるスヴェダの顔を持つと、額が触れ合うほどに顔を近づける。


「ええ、何時かそんな日が来るといいわね。その叛乱の時が来ることをヤルダバオトの代行者として楽しみに待たせてもらうわ。-----」

『ウウ……アアアァァァ!!』

 そう、私は皆封じの魔荊王エオナ=ロザレス。

 茨と封印の神スィルローゼ様の代行者にして、悪と叛乱の神ヤルダバオトの代行者でもある化け物。

 私はそれを認めた。

 同時にスヴェダの現実世界での名前を告げて、彼女を完全に『フィーデイ』へと縛り付けた。


「さて、早速出番がありそうね。まずは貴方の怨みの一つを晴らしに行きましょうか」

『やってやる……私の怨みを……果たしてやる……!』

 そして『フィーデイ』に居る私はウルツァイトさんの鍛冶工房に辿り着いた。

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