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184:抜け出す-2

「さて……」

 『フィーデイ』に居る私はルナに連れられる形で、ウルツァイトさんの鍛冶工房へと向かっている。

 で、鍛冶工房の前に辿り着いたら、どうやってE12とE13を打倒して、ウルツァイトさんを助けるかと言う話になるだろう。

 私の中では既にどうやるかの案は決定しているが……まあ、それよりも今は私の前で、『エオナガルド』に起きている事の方が、この私にとっては重要だ。


『許せない、許せない!許せない!!』

「どうしましょうかね?」

 なにせ、私の目の前では、『スィルローゼ・ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』の茨によって編まれた籠の中では、今正に怨霊としか呼びようのない存在が生まれようとしているのだから。


『私は死にたくなかった!死にたくなかったから枢機卿の下に付いたんだ!!他の馬鹿共と違って善良な枢機卿の庇護下に入れたんだ!なのに、なのに!なのに!!』

 ウルツァイトさんが持っていたE13の姿を私が捉えた瞬間から、スヴェダは『エオナガルド』で怒り狂い始めた。

 それ自体はスヴェダの命を奪ったのがE13であった事から理解できる。

 自分を殺した相手なのだから、怒りを覚えるのも当然だ。


『私は殺された!仲間たちの仇を討とうとして殺された!狙撃で剣の片方を弾き飛ばすことまでは出来たが、そのせいで認識されて殺された!腹立たしい!私の弱さが!アイツの強さが!』

 問題は……その怒りの強さが私の想定をはるかに超えていたことだ。

 今のスヴェダは魂だけの存在だが、その姿は透明度以外は生きていた頃と殆ど変らない程にはっきりとしている。

 その上で、全身がどす黒いオーラに包み込まれ、目からは憎悪の光が漏れ出ている。

 これまでのただ呻く状態よりは遥かに安定しているし、力強くもなっているが、今のスヴェダが進んでいる方向は確実に良くない方向だ。


「ルナリド様。陰と黄泉の神である貴方様にお伺いしたいのですが、どうするのが良いと思いますか?」

 私はルナリド様ならばこの状況を何処からか見ていると思い、独り言のように呟いてみる。


『うーん、何とも言えないね。彼女は魂だけの存在になったが、死者とも言い難い状態であるし、生者とも言いづらい。『エオナガルド』以外に居場所がないんだよね。今の彼女の立ち位置だと』

「そうですか……」

 返事は直ぐにあった。

 だが、私の求める答えではなかった。


「スヴェダについては完全に私の失策ね……」

『殺してやる!今度こそ私の矢でアイツをへし折ってやる!!私の魔法で叩き壊してやる!!私を殺した報いを受けさせてやる!!お前だけは何としてでも!何としてでも!!』

 本来、私はスヴェダが落ち着くまで時間をかけてゆっくりと事を進めるつもりだった。

 そうする事で『エオナガルド』でスヴェダを落ち着かせ、証言を得て話を進め、最終的にはスヴェダの肉体を再生して『フィーデイ』に戻すつもりだった。

 しかし、そんな暇などなく事態は進行し、スヴェダは今、怨霊になりつつある。


『まあ、結果的にとは言え、今回は完全に君の失策だよね。とりあえず死者を扱う神の立場として、絶対にNGなのは彼女を今のまま野放しにする事と消滅させることの二つ。この二つでなければ、僕はとやかく言わないよ』

「はい、ありがとうございます」

『邪魔をする奴は誰だろうと射殺してやる!人も!獣も!神も!悪魔だろうと!!射殺して、私の糧にしてやる!私は全てを奪われたんだ!だから!だから!!』

 さて、どうするべきだろうか。

 野放しにするなと言うのは分かる、今のスヴェダを野放しにしたら、最終的にはE13を破壊して見せるかもしれないが、それまでに夥しい量の被害を撒き散らすだろうから。

 消滅させるなと言うのも分かる、輪廻転生的に良くない以前に、スヴェダは純然たる被害者であり、それを怨霊になりかけているからと滅ぼすのは、私でも間違っていると分かる。


「……」

『出せ、出せ!出せ!!此処から出せ!出さなければ貴様も射殺す!呪う!祟ってやる!!』

 その二つが駄目だと言うのなら……私には封印する以外の事は出来ない。

 封印して落ち着くのを待つ以外に方法はない。

 何せ彼女はプレイヤーであって元は『フィーデイ』の存在でない上に、此処は『エオナガルド』であるから、サクルメンテ様から授かった正常化の魔法の範囲外。

 おまけに彼女の肉体が死んだ原因も同様であるし、怨霊化そのものについてもヤルダバオトは関わっていない。

 強制成仏の魔法だって、此処まで恨みが強くなってしまうと効くかは怪しい。


『力を寄越せ!ルナリド!ボーチェス!テンペサンダ!!私に此処から出る力を!私に復讐を果たす力を!私はお前たちに祈りを捧げてきたんだぞ!ならば、力を!奇跡を!私が望むものを寄越せ!!』

「いえ、もう一つあるわね。あるけれど……これをやったら、私もグミコの事を笑えなくなるし、不名誉称号についても勝手に付けられたとは言えなくなるわね」

 スヴェダの暴れる力は強くなっている。

 それに合わせて、半透明の体が纏うどす黒いオーラにアンデッド系特有の気配……生者への執念や怨念と言ったものが混ざり始めていく。

 この分で行けば、スヴェダは直に完全な怨霊と化すだろう。


『誰でもいい!力を寄越せ!私に奴らを!私を阻むもの全てを退ける力を寄越せ!寄越せ!寄越せええぇぇ!!』

「……。良いでしょう。貴方をそのようにしてしまったのは私が原因。ならば、せめてもの償いとして、私の手で貴方の行く道を定めましょう。『スィルローゼ・ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』」

 私はスヴェダの入っている籠の周囲に、私の体の一つを入れる形で『スィルローゼ・ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』による茨の檻を作り出す。


『そういう選択か。なら一つ言っておくよ。僕たち神々は、スヴェダの件が終わるまで、エオナ、君を助けないし、支援しない。その選択は僕らが肯定していい物ではない。だから、君自身の手と力だけで、スヴェダに道を示すんだ』

「分かっています」

 同時に、檻の中に居る私の体からスィルローゼ様を含めた、ほぼ全ての神々の魔法が抜け落ちていく。


『エオナアアァァ……』

 それまでスヴェダを入れていた檻が壊れ、憎悪が込められた瞳が私へと向けられる。

 その左手には黒い洋式の弓が握られ、右手では黒い矢を握っている。

 どちらも私への憎悪に満ちている。


『邪魔をするなら殺す!!』

 そしてスヴェダは素早く矢をつがえると、私に向けて放つ。

 対する私は……


「やれるものならやってみなさい」

『!?』

 手首から素早く茨の鞭を生やすとそれを振るい、スヴェダの矢を撃ち落とす。

 それから堂々と宣言する。


「悪と叛乱の神ヤルダバオトが代行者、皆封じの魔荊王エオナ=ロザレスの名と力の下に従わせてあげるわ」

 私が善なる存在ではなく、スヴェダなど比較にならないような悪である、と。

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