183:抜け出す-1
「『サクルメンテ・チェジ・ルール・リーン=メンテ=キプ・アウサ=スタンダド』」
私の魔法の発動と共に、フルムス遊水迷路全域が光で満たされ、E12の策謀によって強化された諸々が抹消され、正常化していく。
「これでジェラシピリッツについては問題ないのね」
「ええ、問題ないわ。リポップは正常化したし、ヤルダバオトの力によって施された強化もなくなったわ」
これでフルムス遊水迷路についてはもう問題ない。
適正レベルのプレイヤーが入っても理不尽な相手に出会う事はなくなった。
「じゃあ、まずは地上に戻りましょうか」
「そうね。ウルツァイトさん、E13、それに倒し損ねたE12。どう対応するにしてもまずは地上に戻ってからだわ」
「ブメッコウゥ」
「分かりました。なら……ん?」
そして、フルムス遊水迷路にはもう用はない。
だから私はダンジョンからの脱出用アイテムを使用。
サロメたちと共にフルムス遊水迷路から脱出した。
「脱出完了」
「さて、まずは報告ね」
「ブメコ」
「あ……」
そうしてフルムス遊水迷路から脱出して、ダンジョンの入り口がある物見台の前に転移し終えた瞬間だった。
「「「!?」」」
フルムス遊水迷路への警戒をしていたプレイヤーに街の警備を行っている人間たちが、私たちの姿……と言うよりはアイブリド・ロージスの姿を見て……
「キメラだあアアァァ!?」
「モンスターだああぁぁ!?」
「ひいやああああああぁぁぁ!?」
全力の叫び声を上げた。
「あー、これはやらかしたかしら?」
「みたいね。ついうっかりしてたわ」
「そうですよね。アイブリド・ロージスの姿を普通の人が見たら、こういう反応になりますよね……」
「ブ、ブメッコウゥ……」
どうやらアイブリド・ロージスの姿に、思わず腰を抜かしてしまったというか、恐怖したというか、とにかく怯えさせてしまったらしい。
冷静に観察できればアイブリド・ロージスの体から漏れ出ている力の気配から、アイブリド・ロージスがモンスターではなく神獣、準神性存在であると分かるはずなのだが、それよりも早くキメラの外見によって圧されてしまったらしい。
「貴方は悪くないから安心しなさい。アイブリド・ロージス」
「ブメコ」
とりあえず私はアイブリド・ロージスの三つの頭を撫でてあげると、姿を消してもらう。
そしてその頃には何人かの警備員が平静を取り戻し始め、他の恐慌状態に陥っている面々を落ち着かせ始める。
「とりあえず状況報告を頼む」
そうしてだいたいの人間が落ち着くと、報告を直ぐに聞けるように予め来ていたのだろう、ルナが険しい顔をしてやってくる。
同時に、私たちは見慣れない塔が一本、フルムスの街中に立っているのを見つけ、それが何なのかも察した。
「ではギルマス。報告させていただきます」
サロメがルナに報告を始める。
E12がボス部屋で待ち構えていた事、どのように戦闘が推移し、最終的にウルツァイトさんの体を乗っ取ったE13が現れて、どちらにも逃げられたことを告げる。
で、サロメの報告を一通り聞いたルナは軽く唸り声を上げつつ天を仰ぎ……それから私たちの方を向いて口を開く。
「お前たちが脱出する直前。唐突にフルムスの臨時の鍛冶工房の敷地に石と金属で出来た塔が出現した。内部については現在調査中だが……誰の仕業かは判明したな」
やはり、あの塔はウルツァイトさんの鍛冶工房がある場所に建っているらしい。
そしてE13の言葉通りであるならば……あの塔は間違いなく、E13を主とする、ある種のダンジョンだろう。
「サロメ。もう一度戦う事は可能か?」
「厳しいです。E12の呪いの進行は止めましたが、失った最大HPを取り戻すにはE12を倒す必要があるようなので」
「そうか」
サロメは最大HPを20%以上削られて、全身だるそうにしている。
確かにこれでもう一度E12と戦うのは厳しいだろう。
次は命を落としかねない。
「エオナ、勝算は?」
「現状見えている相手の能力だけで考えて、周囲や人質への損害と言ったものを考えなくていいと言うのであれば、ほぼ確実に勝てるわね」
「そこまでの好条件で、ほぼ、か」
「ええ、ほぼ、よ」
私一人で戦うのは……出来なくはないが、リスクは伴うだろう。
何せ相手は、私の剣を作ったグミコが『悪神の宣戦』以降に作ったであろう魔剣。
本人たち曰く無銘の数打ちとのことだが、それでもなお凡百のモンスターよりもはるかに強い力を持っている。
間違っても油断は出来ないが……それ以上に時間もかけてはいられないだろう。
「それと、さっきのキメラはなんだ?」
「あの子はアイブリド・ロージス。スィルローゼ様たちが『エオナガルド』の為に作って下さった神獣。金の羊、銀の猪、銅の鶏の頭を持ち、牛の胴体に魚のヒレと茨の尾を持つ。能力は色々とあるけど、特に特徴的なのが呪いへの完全耐性と朝日が昇る度に完全な状態に戻る再生能力を持っている事。とても素晴らしい食用キメラよ」
私はアイブリド・ロージスについて説明をする。
が、最後の一言を聞いた瞬間、何故かこの場に居る全員が微妙そうな顔をする。
「エオナ様、アレで食用はちょっと……」
「エオしかー、だるいからもう何も考えたくないわ」
「殲滅用の間違いだろう、エオナ」
「へ?」
何故だろうか、誰にもアイブリド・ロージスが食用キメラとは思ってもらえなかったらしい。
だが、誰がなんと言おうともアイブリド・ロージスは食用である、ちょっと訓練相手も務めるために必要な分の戦闘能力を持ち合わせているだけだ。
「まあいい。まずは現場に行くぞ。話の続きはそれからだ」
「そう、分かったわ」
色々と言いたくはあったが、今はそんな状況ではない。
そう判断した私は、ルナに連れられる形でウルツァイトさんの鍛冶工房に向かった。