177:フルムス遊水迷路-3
「この向こうに居るのね」
「バウッ」
「ガウッ」
私たちの目の前には、高さ2メートルほどの金属で出来た扉がある。
扉に装飾の類はなく、補強の為の鋲が幾つも打ち込まれた姿は扉と言うよりも、水門のようにも見える。
通路の横に流れる水路も、扉の場所まで行くと目の細かい金属の網が張られているため、この先に進むには扉を開けるしかない。
「サロメ、ゲーム時代のフルムス遊水迷路のボスってどんなのだった?」
「名前はジェラシピリッツ。レベルはダンジョンに合わせて20台。PT推奨。アンデッド系……と言うよりはゴースト系ね。特殊なギミックは無いし、厄介な攻撃もしてこない。スキルブックは一応落とすけど、他に大したドロップ品もない。そんなわけで、逆に詳細な情報が無いのよね」
「ああ、出現場所が出現場所なだけに、一度倒したらもう二度と倒されない系なんですね。何度も来たいところではないですし」
「ストーリー進行に必須のボスでない事も合わせたら、私のように倒したことのないプレイヤーも多そうね」
フルムス遊水迷路本来のボス、ジェラシピリッツの情報はほぼ無し、と。
まあ、『Full Faith ONLine』の世界はとても広かったし、各プレイヤーの信仰と初期都市によってストーリーを進めるにあたって必須のクエストやイベントの場所も違った。
それに加えてマラシアカのような厄介さもないとなれば……情報が殆どないボスが居てもおかしくはないだろう。
「とりあえず出てきたら一撃で潰す方針で」
「そうね。私たちの目的はE12。雑魚に構っている余裕はないわ」
「変な事をされても面倒ですしね」
「クウゥゥン……」
「……」
まあ、素のジェラシピリッツが出てきたら、適当な範囲攻撃に巻き込んで始末してしまえばいいだろう。
ボスと言えども推奨レベルは20台。
今の私たちの火力ならば相手にする必要もない。
素でないジェラシピリッツが出てきたら……その時はその時で、上手く対応する。
ボス部屋の中がどうなっているかなど分からないし。
「じゃ、開けるわ」
そうして方針を確認したところで、私は扉に触れる。
すると扉は重苦しい音を響かせつつ、独りでに開いていく。
「くくく……」
扉の向こうは、外周に水路が走る石造りのホールになっていた。
その中心には6人分の人影がある。
人影の内約としてはフードを目深に被った杖持ちの骸骨が3人、大きな盾と槍を持った騎士のミイラが1人、短剣を両手に持った半透明の人影が1人。
で、その5人に囲まれるようにして、E12を右手に握り、普通の剣を左手に握った腐乱死体……ゾンビが1人居て、こちらの姿を見つつ不気味な笑みを浮かべていた。
「よ……は?」
「ふんっ」
と言う訳で。
私はとりあえずスリサズの召喚を解除して、スリサズの能力を自分に行使。
瞬時に最高速に達する能力と、自分の足裏から勢いよく茨を出す能力によってE12を持っているゾンビの前方3メートルほどの距離にまで一瞬で移動。
そこで鞭化した剣を振るい、ゾンビの右腕を半ばから切断し、斬り飛ばす。
「『バンデス・フレイム・エネミ=セブン・ボムランス・ツェーン』」
「「「ーーー!?」」」
直後、ホールの入り口に居るサロメの杖から七本の炎の槍が放たれ、それがE12を含め、一人につき一本ずつ突き刺さって爆発。
「『ルナリド・ムン・ミ=ビフォ=スペル・アルテ=リピト・ツェーン』」
「「「ーーー!?」」」
「あらっ」
そして、爆発の直後に更にもう七本の槍が、先程よりも火勢を増した状態で飛んでいき、それぞれのアンデッドに突き刺さって、一撃目を大きく上回る爆発を起こし、土属性を纏った事で黄色味が強くなった炎を周囲に撒き散らす。
「『ルナリド・ダク・フロト=アンデド・ピュリファイ・フュンフ』」
「『ルナリド・ダク・フロト=アンデド・ピュリファイ・ツェーン』」
で、折角の隙なので、追撃のアンデッド浄化魔法をサロメと同時に、爆発の煙が立ち込めている中へと放っておく。
これで、並のアンデッドなら確実に消し飛んでいるだろう。
「さて、警戒を緩めず、煙が晴れるのを待ちましょうか」
「ガウッ」
「そうね」
「あー、はい。そうですね」
私は剣を構えたまま、周囲の気配に気を配り続ける。
サロメとアユシも油断なく周囲を警戒するし、メイグイも少々顔を引き攣らせつつも警戒自体は解かない。
「で、サロメ。もしかしなくても今のはルナリド様のアルテ系魔法よね。いいの?」
「何も問題は無いわ。消費する信仰値は微々たるものだし、それより今必要なのは敵を確実に仕留める事だもの」
さて、先程のサロメの攻撃だが、アレはかなり強力であると同時に、特殊な攻撃でもある。
一撃目はバンデス様の攻撃魔法で、術者が敵と認識している相手に向けて自動で飛んでいく攻撃魔法。
そして二撃目はルナリド様のアルテ系魔法で、その効果は、直前に使用した魔法をルナリドの信仰値を適用して再発動する、と言うものである。
サロメのメイン信仰はルナリド様、となれば、当然ながら二撃目の威力は一撃目を大きく上回るものになる。
おまけに恐らくだが、二撃目を発動する直前に攻撃魔法の属性を変更する効果を持った使い捨てアイテムも使用、五行の作用によって威力を増している。
それは『満月の巡礼者』遠隔攻撃部隊隊長の座も、黒焔少女アビスサロメの名も、どちらも伊達でない事を示す攻撃と言っていいだろう。
「「「よくも……」」」
「エオナ」
「エオナ様」
「そうね。無駄話は止めておきましょうか」
爆発の煙が晴れていく。
何者かの声がホールに響いていく。
「「「よくもやってくれたなぁ!!この人間風情がアアァァ!!」」」
そして煙の向こうから現れたのは、何人もの人間の顔を繋ぎ合わせた巨大な頭部を持つ上半身だけのゴーストが、右手にE12を握った姿だった。