175:フルムス遊水迷路-1
「さて……」
フルムス遊水迷路はフルムスの都市内部に存在している自動生成ダンジョンである。
細い通路が複雑に入り組んだ上に、大量の下水が内部で循環していて、通路にあるものごと不定期に勢いよく押し流していくその光景は、見る者によっては恐怖も覚える事だろう。
だが、この仕掛けによってフルムス遊水迷路の中でモンスターが増えすぎることは無く、難易度の維持も行われているため、欠かせない機構でもある。
「「「ーーーーーーー」」」
「『ルナリド・ダク・フロト=アンデド・ピュリファイ・フュンフ』」
「『ルナリド・ダク・フロト=アンデド・ピュリファイ・ツェーン』」
「ですよねー」
まあ、そんなダンジョン独自の仕掛けとか、どういう構造だとか、何処から探るかなんて話よりも先に、ダンジョン内部に侵入した私たちは対アンデッド用浄化魔法を発動。
E12によってアンデッド化させられ、出入り口でこちらの事を待ち構えていたであろうフルムス遊水迷路のモンスターたちを消滅させた。
「ま、昨日の第一波からずっとアンデッド化したモンスターが外に出て来ていないという時点でね」
「自動生成ダンジョンの外から中への探知魔法が効きづらくても、これぐらいの予想は付くわ。メイグイもでしょ?」
「まあ、これぐらいは私でも分かるのは確かですね」
なお、予想が付いた理由は至極単純なものである。
と言うより、思いつかない方がおかしい。
「それでその、此処からどうするんですか?」
私たちは改めてフルムス遊水迷路の出入り口周辺を見渡す。
出入り口となる部分は人の密度が高くなるためなのか、他と違って円形のホールになっており、中央には地上に上がるための階段があって、周囲には十を超える数の細い通路への入口がある。
壁や床の基本的な材質は石だが、ホールの外縁部や通路に寄りそうように設置されている水路はモルタルとでも呼ぶべき物質によって、決して水が漏れないように作られているようだ。
「構造変化はまだなのよね。サロメ」
「まだまだと言うか、意図的に起こそうとしなければ、当分の間は起きないと思うわ。資料によれば、フルムス遊水迷路の構造変化条件は流入する水の量が一定時間内に既定の量を超えた場合の話。早い話がフルムス遊水迷路が遊水地として使われる状況になる事だもの」
「そう、なら急に逸れたり、道が分からなくなったりする事態は避けられそうね」
先にも言った通り、フルムス遊水迷路は自動生成ダンジョンである。
『Full Faith ONLine』における自動生成ダンジョンには幾つかのバリエーションが存在しているが、いずれにしても共通しているのが、特定の条件を満たすことでダンジョンの構造が変化して、地図の類が役に立たなくなると言うものだ。
そしてフルムス遊水迷路のように狭い通路が複雑に入り組んでいる場合、再生成時にPTメンバーの間に壁が生成されて、強制的に引き離されることもある。
それは探索に当たっての不安材料の一つであったが……サロメの言う通りなら、当分は心配しなくてもいいようだ。
「じゃ、呼び出すわ。スリサズ、アユシ」
私は子犬と小熊サイズの茨人形を作り、スリサズとアユシの意識を乗せる。
「バウッ」
「ガウッ」
なお、今回の茨人形も前のE12との戦いで使った、緊急時にはそれぞれの意志で即座に逃げ出せるように仕様変更済みのものである。
「可愛い……」
「……。完全にレイドボスに飼われるザコボスの姿ね」
「バウバウッ!」
「ガウガアッ!」
スリサズとアユシに対してメイグイは潤んだ瞳を向け、サロメは何処か呆れた目を向ける。
そんなサロメに対してスリサズとアユシとしては意見を言いたいのだろうが……サロメが少し威圧しながら睨みつけただけで、二匹とも私の陰に隠れながら吠えるようになる。
まあ、サロメの実力を考えれば妥当な反応ではあるだろう。
レベルだけならばサロメは私よりも上であるし、実力にしてもプレイヤーの中では十分高い方なのだから。
「はいはい、二人とも無駄吠えしない。それよりもアンデッド化したモンスターたちの臭いが濃いのはどっちか教えて」
「「……」」
ま、私としてはどうでもいい話なので、とっととやるべき事をやってもらうとしよう。
と言う訳で、私はスリサズとアユシにどの通路から特に濃くアンデッド化したモンスターの臭いが来るかを探ってもらう。
「えーと、これで大丈夫なんですか?エオナ様」
「問題ないわ。アンデッド化したモンスターの出元はE12で、こちらに来るまでのルート自体は色々とあるだろうけど、臭いが濃い道ってのはそれだけ多くのアンデッド化が通った事でもある。それはそのままE12の下に辿り着く為の安全と短さを兼ね備えたルートでもあるはずだから」
「少なくとも闇雲に行くよりかは確実でしょうね。自動生成ダンジョンのチュートリアルに近いダンジョンと言っても、内部構造の複雑さだけは見ての通りだから」
「なるほど」
やがてスリサズもアユシも同じ通路の前で足を止める。
どうやら目的の通路を見つけ出したらしい。
「じゃ、向かいましょうか」
「はい」
「分かったわ」
「バウ」
「ガウ」
そうして私たちはE12を見つけ出すべく、フルムス遊水迷路の中を進み始めた。