172:E12討伐準備-9
「ぜぇ……はぁ……」
「う……気分が……」
「あああぁぁぁ……げほっ」
私の手の内には対象を呪いに特化した、黒い霧の力を秘めた薔薇水晶がある。
名前は『エオナの黒薔薇結晶(対呪詛)』。
握りつぶして擦りつける形で使用する、薬の皮を被った毒、あるいは毒に限りなく近い薬。
「知識の転写は完了」
「経験の転写も問題なし」
「封印に異常は見られない」
当初は多大な苦痛の上で数分かけて一つ作り出す代物だったそれは、今では多少の痛みと十数秒ほどの時間と引き換えに生み出せるようになっている。
これならば……まあ、最後の手段として戦闘中に用いることは出来るだろう。
「「「じゃ、そう言う事で、後は任せたわ」」」
「任されたわ」
ただ、そこまでの修練を積むためには私の体を三人分犠牲にする事となり、修練を積んでいた私たちは記憶や経験のコピーを済ませると、茨の体を黒ずませ、倒れ、そのまま全身が崩れ落ちた。
魂に異常はないが……体の方はもう薪にすらならないだろう。
「さて、問題が幾つもあるわね」
私の手の内で『エオナの黒薔薇結晶(対呪詛)』が砕け散り、劣化し、使い物にならなくなっていく。
生み出されてから一分も経たない内にである。
どうやら、この『エオナの黒薔薇結晶』だが、構造と効力に色々と無理があるようで、作り置きと言うものが出来ないらしい。
そして、生み出す際にきちんと対象絞って生み出さなければ……ただの毒にしかならない。
メンシオスの遺骸から溢れる黒い霧の効果を考えたら、当然の話だが。
「用量は……私なら気にしなくてもいいか」
そうして、対象を絞って生み出した『エオナの黒薔薇結晶』だが、用量はしっかりと考えなければならない。
私自身が使う分にはよほどの量でなければ気にしなくても大丈夫だが、普通の人間に用いるのであれば……レベル50の元気なプレイヤーで一月に一個、これが限界だろう。
レベルが足りなければ、ほんの僅かに漏れる毒だけで命を落とす。
元々のHPの量が足りなくても、ほんの僅かに漏れる毒が致命的になる。
普通の人間でも時間をかければ解毒可能だが、それには多大な時間が必要となり、体に少しでも残っている状態で次を服用すれば、毒に耐え切れない。
つまり、E12相手で使えるとすれば、やむを得ず負った掠り傷に伴う呪いの解除ぐらい、と言う事になる。
「むしろ問題なのはこっちよね……」
私はメニュー欄から自分の信仰値を表示させる。
そこにはカンスト状態にあるスィルローゼ様への信仰を表す数字の他、ルナリド様とサクルメンテ様のお二人を筆頭に様々な神の名前が並んでいる。
どうやら、ファシナティオの一件や、『エオナガルド』の食肉の件、それに『エオナガルド魔法図書館』で現れるスキルブックの件などで、私は様々な神様との繋がりを有するようになり、いつの間にか最低限度の加護と信仰を保有するようになっていたらしい。
で、そうして並ぶ神の名前の中に……
「なーんでアイツの名前があるのかしらねぇ……しかも無駄に高い数字で」
悪と叛乱の神ヤルダバオトの名前もあった。
それも、50近い信仰値で。
「いやまあ、発生する理由も高まる理由も分かるわよ」
甚だ不本意ではあるが、ヤルダバオトの分体に直接会った事があるというだけで、私は不名誉称号として悪と叛乱の神ヤルダバオトの代行者を与えられている。
ヤルダバオトは冗談で祈っても加護を与える様な奴なので、私にヤルダバオト信仰が発生していてもおかしくはない。
そして私は信仰するだけならば、ヤルダバオト信仰であっても否定する程ではないと考えている。
だから、此処の信仰一覧に表示されていてもおかしくはない。
「分かるけど……ムカつくわね」
同時にヤルダバオトへの信仰値が高まる理由も分かる。
普段のスリサズやワンオバトーの能力を使用する時は、スリサズやワンオバトーと言う意志あるものが自分の意思で発動している能力……ヤルダバオトの力を奪って使用としているという形であり、だからこそ私の信仰値に影響を及ぼさない。
しかし、メンシオスの遺骸から溢れる黒い霧の場合は違う。
遺骸である以上、メンシオスに自分の意思などと言うものは存在しない。
黒い霧自体は沸々と湧き続けているが、そのままでは使えず、私の側で調整する必要がある。
これらの要素の結果として、私自身がヤルダバオトの力を利用していると認識され、勝手に信仰値が高まっているのだろう。
「せめてもの救いは、神様たちがこの状況に理解を示してくれているから、スィルローゼ様たちへの信仰が減じたと判断されない事ね。もしも、スィルローゼ様への信仰が薄れていると判断されたら、私は自分で自分の首を掻っ切らずにはいられなかったわ」
幸いにして、ヤルダバオトへの信仰値が上昇する以外の急なデメリットは見えていない。
そして、ヤルダバオトの信仰値の減らし方は分かっている。
とにかく善行を積めばいい。
叛乱の権能を考えなければ、これで大丈夫なはずだ。
「さて、外はそろそろ朝かしらね」
私は最後のチェックを『エオナガルド』全体に対して行い、問題がないことを確認する。
それから『フィーデイ』へと移動した。