162:状況が変わる-3
「臭い」
「「……」」
フルムスの地下下水道。
それはフルムスの各所から出る各種廃水を集めて、街の外に流すための設備であり、その用途上フルムスの全域に張り巡らされている。
で、廃水なので……当然のように臭いし、汚物の類も混ざっている。
はっきり言って、好き好んで行く場所ではない。
『Full Faith ONLine』の頃でも、現実になった今でも。
「まあ、進むしかないわね。『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』」
「バウ……」
「ガウ……」
そう、『Full Faith ONLine』の頃からフルムスの地下下水道に入る事は出来た。
大量の廃水を流すための太い道には、整備の為の通路も武器を振り回せるだけのスペースも存在していたし、ファシナティオの屋敷の地下にあったような迷宮に繋がる隠し通路の類も存在していた。
探索には暗視魔法や明かりの類が必須だが、ルナリド神官であれば暗視程度はどうとでもなる。
そして、探索と戦闘が行える空間である以上は……
「キュ……ボギュ!?」
「邪魔者を薙ぎ払いつつ」
当然モンスターも居る。
と言う訳で、私は背後から襲い掛かろうとしたフルムスビグラットと言う、大型犬並みの大きさがある巨大なネズミ型のモンスターを剣で一刺しして始末する。
「さ、行くわよ」
まあ、モンスターが居るとは言え、リポップ正常化によって適正なレベルのモンスターしか存在しなくなった現状では、私の脅威になるような存在は私たちが追っている相手ぐらいなもの。
なので、基本的には最高速を維持したままでいいだろう。
「バウッ」
「グマッ」
「ギュ……バ?」
「無視していいわよー」
そうして走ること暫く。
敵に切り殺された直後であろうフルムスビグラットがアンデッド化したものが時折襲ってくるようになる。
勿論、アンデッドになったところで元が元なので、脅威にはならない。
適当に切り倒して戦闘そのものはお終いである。
「アンデッド化能力ね……これは新たに得たわね」
問題はアンデッドになる早さ。
私の記憶と知識が間違っていないのなら、『Full Faith ONLine』で死んだ生物がアンデッドになるには、通常は早くても数日、特殊な環境下であっても数時間はかかる。
フルムス地下下水道は……まあ、特殊な環境ではあるだろう。
空気は淀んでいるし、陰の気も溢れているのだから。
しかし、それでもアンデッド化には丸一日はかかるはず。
となれば、私たちが追っている敵が、そう言う能力を得たと考えた方が早い。
「「……」」
では、何故そんな能力を得たのか。
それは二択だ。
だから私はスリサズとアユシがほんの僅かに耳を動かしたのを見逃さずに、二人の後を追う。
「死……っつ!?」
「気付いてるわよ」
複数の流れが集合するために巨大なホールのようになっている空間に出た瞬間。
私は天井の方から迫ってきていた敵の攻撃を剣で弾き、防いだ。
「犬と熊の鼻は誤魔化せていたと思っていたが……フリだったか」
攻撃を弾かれた敵は悪態を吐きつつ、私たちから大きく距離を取る。
「そう言う事よ」
私は距離を取った敵の容姿をしっかりと確認する。
人間の方は黒髪黒目で、鍛冶師らしいツナギを身に着けた男、右手には剣を持っている。
ただし、その唇の色は紫色であり、全体的に血色が悪い。
これは……もう、期待しない方が良さそうだ。
「で、スリサズとアユシからは?」
「我は犬じゃなくて狼だ!」
「なんか馬鹿にされてる感じがするな、剣如きに」
さて、肝心の剣だが……見た目に限れば特徴らしい特徴が無い剣だった。
多少、握る部分に対して両刃の刀身が長めであるように思えるが、特徴と言えばそれくらいであり、極々普通の金属剣にしか見えなかった。
しかし、持ち手を操る魔剣としての特徴が露わになっている今は、刃からは蘇芳色の魔力が溢れ出ているし、握りの部分をよく見れば血と脂でかなり汚れているようだった。
「喋る畜生……ああなるほど。こちら側であるのに、飼われているのか、貴様らは」
「誰が飼われているだ!」
「何も知らない分際で舐めた口を……」
「へえ……」
おっと、スリサズとアユシのおかげで思わぬ情報が手に入った。
二人をこちら側と言ったと言う事は、やはりヤルダバオトの側に属すると言う事だ。
そうでありながら、私の事を知らないと言う事は……自我を持つあるいは生み出されたのはつい最近と言う事か。
「折角だし、名前を聞いておきましょうか。勢い余って、これ以上の話をする前にへし折ってしまうかもしれないし」
「名前だと?」
この口の軽さなら、他にも何かしらの情報を漏らしてくれるかもしれない。
そう判断した私は油断なく剣を構えつつも、挑発を重ねてみる。
「我に誇るべき名前などない。我は災禍を齎す無銘の数打ちに過ぎない。ただ、生きとし生けるもの全てを切り刻むのみよ」
「そ」
やはり、情報を漏らしてくれた。
同じようなのが複数本存在しているという非常に嫌な情報だが。
「つまり、アンタは製造者から何の使命も授かっていない一本と言う事ね」
「……」
何にせよ、これ以上聞けることは無いだろう。
そう判断して私は剣に切りかかるための隙を窺い始めるが……
「ふふ、ふふふふふ……」
「ん?」
「ははははは……」
どうにも剣の様子がおかしい。
纏っている魔力の量が目に見えて増し、刀身が小刻みに震え、持ち手である男が笑い声をあげ始める。
「我の糧として果てるか、我の持ち手として使われるだけの人間風情が、このE12を愚弄するかああぁぁぁ!!」
「!?」
次の瞬間、男の持つ剣……E12の刀身が巨大化しつつ振るわれた。
自分で言うのと他人に言われるのは別と言う事です。