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160:状況が変わる-1

 探し物は直ぐに見つかった。

 鍛冶工房から私の拠点までを結ぶ道から一本外れた裏路地の木箱の陰に隠されるように置かれていたからだ。

 ただし、私たちが期待した姿ではなく、危惧した姿だった。


「状況は?」

「干からびた死者が一名。現場の保存を考えて、周囲の立ち入りを禁止。死体には誰も触れていないわ」

 当然直ぐに呼ぶべき人間は呼んで、私の思った通りにサロメがこの場にやってきてくれた。


「……。確かに例の件と同じ犯人で良さそうね。腹に刺し傷があるし、このフルムスで二時間も待たずに死体が干からびるなんてのは魔法を使わなければ有り得ないだろうから」

 サロメが死体の検分を始める。

 その様子をウルツァイトさんは何処か呆然とした様子でこちらの様子を眺めており、メイグイはそんなウルツァイトさんを気遣うように動いている。

 シー・マコトリスとシヨンの二人はサロメ以外の警備隊の人に、此処までの経緯についてを話している。


「で、エオナ。アンタの意見としては?」

「フルムスに昼夜関係なしの戒厳令を出した方がいいかもしれない。こちらの想像以上に相手の行動パターンが悪辣な物になってる」

 私はサロメの横で現場検証に付き添う。

 そして意見を求められたので、素直に言ったのだが……サロメが険しい顔をする。


「理由の詳細を聞かせて」

 私は死体の傷口を指差す。

 傷は左腹部に刃物のような物が貫通した傷であり、傷口の大きさと広がり方から見て、腹側から突き刺さって、背中側に刃が抜けたのは間違いない。

 問題は……


「この傷、確かに治療は必要な傷だけど、即死する傷ではないのよ」

 この傷は致命傷には程遠い、と言う事だ。


「それが……まさかっ!?」

「たぶん、そのまさか。コイツ、ワザとこの位置を刺してるのよ。治療の為に剣を引き抜こうと考えたら、普通は剣を掴むもの」

「それじゃあ、ウルツァイトさんの話では二人で私の所に向かわせたと言っていたのに、この場に一人しか居ないのは……」

「そのもう一人の体を乗っ取ったからでしょうね。治療の為に動いた人間の善意を逆手に取っているのよ」

 本当に悪辣だ。

 仲間を助けようと考え、動く気持ちを逆手にとって、自分の新たな体を得ているのだから。

 そして、これほどまでに敵の性格が悪辣である場合……かなり拙いことになる。


「人の善意を逆手に取る相手ってのは、一刻も早く始末をつけないと拙い相手よ。道端で倒れている人間を助けようとしたら、困っている様子が見えたから助けようとしたら、そんなタイミングで不意を打たれたら、ほぼ全ての人間は対処できないし、多くの人の心に後々まで残る大きな傷を生み出すわ」

「そうでなくとも、少しでも斬られたら致命傷の相手……いえ、この場合ワザと直ぐには能力を使わないで、次の獲物の下に案内させる可能性も……」

「当然あるでしょうね。とにかく少しでも早く対応しないと、街のレベルで致命傷になるわ」

 今回の敵を放置すれば不和と不信を際限なくばら撒き、社会全体を不安に陥れる。

 その先に待つのはファシナティオが治めていたフルムスに次ぐような地獄であり、フルムスと言う都市の滅びである。

 これが無意識的に狙っている程度であれば、対処法が無いわけではないが……意識的に狙っているとなると、相当に拙い。

 どちらのタイプかの判別はまだ付かないが……いずれにしても急ぐ必要はあるだろう。


「分かった。私からギルマスに掛け合うわ。次の体を得た敵がどう動くかも分からないし」

「お願いするわ」

 だからこその戒厳令。

 全ての住民に外出と接触を禁じた上で、一刻も早く敵を……スオウノバラかもしれない、持った者を操る魔剣を探し出すべきだろう。


「エオナは……」

「独自行動を取らせてもらうわ。スリサズ」

 そして、こうなってしまっては、ルナたちには悪いが面子だ何だと言っている暇はない。

 だから私は体から茨を生み出し、子犬サイズの茨の犬を作り出すと、そこにスリサズの意識を乗せる。


「ワウッ?」

「そこの死体の臭いを嗅いで。で、剣、血、人、どれでもいいから、追えそうな臭いがあったら教えて」

「……」

 私はスリサズに死体の臭いを嗅がせる。

 対するスリサズは何処となく不満そうな顔しているが……


「教えなさい」

「バウッ!?」

 私はスリサズの両わき腹を少々力強く握り絞めて、役目を果たすように促す。


「アンタも十分悪辣よね……」

「何が?」

「そう言うところがよ……」

「クウゥゥン……」

 スリサズにしてみれば、自分は狼であり、私を背に乗せるならばともかく、警察犬の真似事などしたくないという感情はあるのだろう。

 が、今はそんな考えを気にしていられるような状況ではない。

 使えるべきものは何でも使うべきである。

 と、此処で私はちょっとした知識を思い出す。


「アユシ。貴方も臭いを嗅ぎなさい」

「グマッ!?」

 そう言えば熊の嗅覚も優れたものだった気がするという知識だ。

 と言う訳で、今のスリサズと同サイズな茨の熊も作り出し、そこにアユシの意識を乗せる。

 で、二匹揃って死体の臭いを嗅いでもらったわけだが……。


「「……」」

「見つかったみたいね。じゃあ、私は後を追うわ。サロメはルナとウルツァイトさんたちをよろしく」

「分かったわ。気を付けなさいよ。エオナ。どうにも、私たちの想像以上に厄介な相手のようだから」

 どうやらスリサズもアユシもこの場から離れていく臭いを見つけ出したらしい。

 二匹揃って路地の奥の方へ少し歩いた後、私の方へと顔を向けてくる。


「分かってるわ」

 そうして私はウルツァイトさんから剣を返してもらった上で、犯人の追跡を始めた。

08/24誤字訂正

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