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159:一夜明けて-3

「なんと言うかその……ごめんなさいね」

 鍛冶工房の中に入り、一先ず私たちはお茶を飲んで落ち着いた。

 そして、直ぐに私はウルツァイトさんに向けて謝罪の言葉を放った。


「別に構わないよ。瓦版で状況は分かったし、この状況通りならあの遠吠えにも納得は行くさ」

 ウルツァイトさんは気にしていないと言ってくれているが……やはり寝不足ではありそうだ。

 今も欠伸をしたそうにしている感じがある。


「きゅっきゅっきゅー、あの遠吠えは凄かったでやんすよね。シヨンなんてあの遠吠えを聞いた途端に部屋の隅で槍を持って怯えていたでやんすからねぇ」

「そ、それは言わないで下さい。それに仕方がないじゃないですか。あんな大きな遠吠えを聞いたら、誰だって怯えますよ」

 シー・マコトリスとシヨンの二人にもちゃんとスリサズの遠吠えは聞こえていたらしい。

 それについては予定通りだが……シヨンの様子を見る限り、私の想定していた以上の効果が出てしまっているようだ。

 とは言え……


「しかしまあ、あの遠吠えがエオナ様によるものだという認識はあっしには無かったでやんすが……ま、被害の拡大を防ぐなら最善にして最良の一手でやんすね。アレを聞いて家の外に出ようと考えるのは、自分の実力にきちんとした自信があるものだけでやんす」

「まあ、あの時は何処にどう言う敵が潜んでいるか分からなかったから、他に手が無かったのよね。時間をかけたら被害が爆発的に増加する可能性もあったし」

「そうですよね。瓦版の通りなら、もしも逃走している犯人に路地裏なんかで出会っていたら……うっ」

「そうなっちゃいますよね。具体的なレベルは分からないけど、それでも私やシヨンさんより強いってのは間違いないでしょうし」

「アタシでも逃げられるかどうか怪しいレベルだろうね。なにせ、一度切られただけでミイラだ。不意を打たれたら、高レベルプレイヤーでもお陀仏だろうね」

 他に方法などなかったのが実情。

 シー・マコトリスたちもそれは理解してくれている。


「ところでエオナ。アンタなら、あの剣に対処することは?」

「切られた人間の魂を保護することは出来るわ。けれど、私自身が切られた場合は何とも言えないわね。幾つか手は思いつくけど……最良は切られない事。それ以上については現物を目にしないと分からないわね」

「なるほどね」

「とりあえず武器は必須ね。素手で相手はしたくないわ」

 なお、対処については……正直なところ厳しい。

 相手が保有していると思われる能力があまりにも強力過ぎる。

 それと、この能力の性質を考えると、私の茨をフルムス全域に広げて探索するという手法も迂闊には取れない。

 広げた茨を敵に切られて、そこから敵の能力が私の体全体に伝播する、と言う最悪のパターンが普通にあり得るからだ。


「分かった。本当なら今日は午後からの予定だったが、そう言う事なら午前から、エオナの動きを……」

「ん?」

 私はウルツァイトさんの言葉に違和感を覚える。

 メイグイが伝えてきた予定通りならば、私の動きを見るのは今日の朝から、と言う話だったはずだ。

 昨日やるはずだったのが私の事情で出来なくなり、だから今日の朝から、と言う話に昨日の私が神託魔法を使っている最中になっていたはずなのだ。


「あ?エオナ、メイグイ。炉に火を入れてもらった後、アンタらの所に今日の予定は午後からにさせてくれって話をするための使いを出したはずなんだが……会ってないのかい?」

「会ってないわ」

 メイグイも私の言葉に同意するように頷く。


「「「……」」」

 部屋の中に重い空気が流れ始める。

 そして、嫌な想像を全員が共有し始める。


「ウルツァイトさんに確認。使いは私の容姿を知っているのよね。後、寄り道の類はしないタイプよね?」

「使いは二人。どちらもエオナの容姿は知ってる。寄り道はしないし、ウチからエオナの拠点までの最短距離だって知っている。勿論、本来の予定もね」

「メイグイ。道端で私とすれ違って、私に気付かないと言う事はあると思う?」

「私ならともかくエオナ様に気付かないと言うのは考えづらいと思います。ましてや使いとして会うのだと言う意識を持っているなら、見逃すと言うのは流石にあり得ないかと」

「「「……」」」

 沈黙。

 炉に火はくべられているのに、鍛冶工房の中の空気が冷え切り、重苦しくなっていく。


「二択ね。全員で行動するか、私だけで動くか」

「難しいところでやんすね。情報が少なすぎて、判断が付かないでやんす」

 この場合、特に怖いのは……例の剣を持ったウルツァイトさんの使いが何でもない顔をして鍛冶工房に戻ってくるパターンか。

 よく見知った相手が何の前触れもなく凶行に走った時に対処できる人間など、極々一部の人間くらいな物。

 そして、相手が使う凶器は、最悪掠り傷でも致命傷になる武器。

 やはり、組み合わせが凶悪過ぎる。


「……。全員で行きましょうか。杞憂で済めばよし。よ」

「そうだね。そうしようか」

「分かりました」

「こうなったらお付き合いします」

「あ、いざとなったら散り散りになって逃げるでやんすよ。最悪は全滅でやんすからね」

 そうして私たちは揃って鍛冶工房の外に出た。

 何事もなければそれでいい。

 そんな事を思いながら。

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