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156:惨殺事件-3

「待て、エオナ!その話が事実ならスオウノバラは……」

 即座にあらゆる種類の最悪の結末を想像したのだろう、ルナが青い顔をして、大きな声を上げる。


「大丈夫よ。マスターキーと言っても、人間レベルの封印にしかスオウノバラは対応出来ない。仮に『フィーデイ』になってから、そちら方面でも成長していたとしても……スィルローゼ様自身の封印は決して破れないでしょうね」

「つまり?」

「目覚めた時点で世界が滅びることが確定しているような連中。直接の戦闘ではなくイベントでどうにかするような厄災の封印は解けないわ。ヤルダバオト本体含めてね」

「ならいいが……」

 が、その心配は無用である。

 『Full Faith ONLine』時代のスオウノバラにはそこまでの力は無かったし、ゲーム時代のスオウノバラで解けないような封印を破る程にスオウノバラが成長するには想像を絶するような年数と贄が必要になるはずだからだ。

 これはスィルローゼ様の代行者であると同時に、非常に不本意ながらもヤルダバオトの代行者と言う称号を得てしまった私だからこその感覚だが、間違いはないはずである。


「……」

「エオナ?」

「いえ、ちょっと具体的に必要な年数と死者の数を計算していただけよ。無理ね、これは」

 それと……その行為をヤルダバオトが望むかと言われれば微妙な気がする。

 ヤルダバオトは悪と叛乱の神であり、スィルローゼ様たちの敵である事は間違いない。

 だが、世界の滅びを望んでいるかと言われれば……少々怪しいと、最近は思っている。

 他の神を信仰する生物は殺す、神は滅ぼす、悪行を望む、上の者を打倒することを望む、しかし世界を滅ぼしてどうこうと言う考えは持っていない気がするのだ。

 間違っても口には出せない考えなので、別の思考をブラフとして出し、悟らせないようにするが。


「そもそもとして、今回の下手人がスオウノバラである確証はまだない。現段階では可能性の一つでしかないでしょうが」

「それは……まあ、そうだが……」

「だからまあ、もしも私の使っている剣によく似た剣を使っている不審人物が居たら警戒しなさい、ぐらいしか現状では言えないわ」

「……。そうだな。それぐらいが限界か」

 何にせよ、スオウノバラは数ある可能性の一つでしかない。

 それよりは切れ味のいい武器に特殊な付与魔法をかけて暴れ回った人間が居る、そちらの可能性の方が、遥かに現実味があるだろう。


「で、これからの予定としては?」

「当然、犯人を捜査する。今のフルムスは私の統治下にあるからな。そこで起きた大量殺人と言う重大犯罪を見逃すわけにはいかない」

 さて、スオウノバラ周りの話はこれくらいにしておいて、予定の確認をするとしよう。


「それで、捜査に当たって確認だが。エオナ、今のフルムスにヤルダバオト神官はどの程度居る?」

「んー、私が探知出来る範囲だと数人と言うところね。けれど、全員妙な動きをしていないわ。たぶんだけど、ファシナティオ占領下で信仰していたヤルダバオト信仰を捨てきれずにいるか、余所から偵察にやってきた連中ね。いずれにしても対処する必要は無いと思うわ」

「私としては、ヤルダバオト神官と言うだけで対処案件なんだがな……」

 私の言葉にルナは頭を痛そうにしている。


「そうかしら?」

「そうだろう。一般的にはヤルダバオトを信仰している人間であるという時点で、社会の敵であり、排除するべき対象だ」

「うーん、ヤルダバオトの信仰を与える条件を考えると、信仰しているだけでは敵として見れないのが、私個人の心情なのよね」

「だとしても、監視の対象にはするべきだ。場所くらいは教えてもらいたい」

 ヤルダバオトの信仰を得てしまう条件は……非常に緩い。

 それこそ冗談で信じると言ったり、何かの拍子で祈っただけでも信仰を得かねない。

 私など、ヤルダバオトの分体に会っただけでヤルダバオトの代行者として扱われているぐらいだし。


「エオナ……」

「……」

 ルナと私の視線がぶつかり合う。


「分かったわ。位置だけは教える。けれど、捕まえるなら、彼らがヤルダバオトへの信仰を明らかにする以外の犯罪行為をした時だけよ。信仰だけでは悪とは見做せない」

「いいだろう。犯罪行為に関わっていない限りは監視するだけだ。お前は『満月の巡礼者』のメンバーではない。提案する事は出来ても強要は出来ない」

 まあ、今回は私の方が大目に折れておくとしよう。

 それに、彼らが一切の犯罪行為に関わっていない確証があるわけでもない。

 私はルナに、現在フルムスに滞在しているヤルダバオト神官の位置と容姿を伝える。

 そして、ルナに指示をされたサロメが何処かに走っていく。

 恐らくだが、早速監視を始めるのだろう。


「さてと、それじゃあ後はドラグノフが喋れるようになったら、その情報を伝える。という事でいいのかしら?」

「ああ。面倒な話だが、私たちの面子の問題もある。敵がメンシオスや巨人になったファシナティオのような危険な相手、それこそスオウノバラが出てきたらエオナに頼る事もあるだろうが、そうでない限りは私たちに任せてほしい」

「分かったわ」

 私は部屋を後にしようとする。

 だが、その前にルナが口を開く。


「エオナ。代行者がその信仰心故に人間の体から大きく変質しているのは知っている。だが、人の心までは失うなよ。人の心まで失えば、もうお前は人間ではない」

 それはルナにしてみれば、最後の一線を踏み越えるなと言う話なのだろう。


「そう、なら私はとっくに人間を辞めていて、人間のフリをしているだけだわ。代行者になる前から、私は人の考えと動きは分かっても、人の心はどうにもよく分からなかったもの」

 しかし、私にしてみれば、最初から触れることも出来ていない線である。


「じゃ、また会いましょう」

「そうだな」

 そうして、私は部屋を去った。

08/21誤字訂正

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