154:惨殺事件-1
「そこを動く……エオナじゃない」
「来たわね」
スヴェダを封印してから10分ほど。
スリサズを『エオナガルド』に戻して、屋敷の外の門の前で待っていた私の下に、サロメを先頭とする集団が無数の明かりを灯した状態でやってくる。
「状況は?」
「死者は20名以上、生存者は私の中に1人確保したけれど、話せるようになるのにはちょっと時間がかかる。動きが一切ないから、下手人はすでに離脱済みと見てよさそうだけど、屋敷の中には立ち入ってないわ」
「つまり、ほぼそのままね」
サロメが私に状況を尋ねてくる。
その間にサロメが連れてきた集団の面々は門の前で倒れている二人の死体を見て、驚きの声を上げると共に、この場の記録、どうしてそうなったのかの推察、此処からどうやって中を調べていくかの計画立案を始めていく。
「状況判断の手法は?」
「生者については秘匿させてもらうわ。死者についてはルナリド様の魔法『ルナリド・シャドウ・ラウド=デッド・サーチ・フュンフ』で確認。アンデッドは発生していないわ」
「なるほど」
『ルナリド・シャドウ・ラウド=デッド・サーチ・フュンフ』は自分の周囲に存在している死者の位置を探知する魔法である。
また、探知に当たって普通の死者と普通の死者ではない者……アンデッド系のモンスターの判別も行う事が出来る。
つまり、サンライ様の『サンライ・サン・ラウド=ライフ・サーチ・アインス』と合わせて使用した今、敷地内に存在している死者と生者の位置は手に取るように分かる事になる。
勿論、この二つの探知魔法だけでは網にかからない種類のモンスターも居るが……
「サロメ様。探知魔法を生者、死者、動体、魔力、熱源、液体、気流、直感、影、振動、空間の11種で行いましたが、いずれにおいても異常は検知されませんでした。エオナ様の言うとおり、既に下手人は居ないと良いと思われます」
サロメが連れてきたプレイヤーたちは、こう言う場にやってくるだけあって、探知魔法も何種類も準備してあるようだ。
うん、流石にこの11種類の探知魔法から逃れられるとは思えない。
これから逃れるとなれば、それこそ亜空間の類でも用意して隠れるぐらいだが……
「分かったわ。では、照明弾を。それと空間異常の検知は決して切らさないように。転移による奇襲は何時何処で起きるか分からないから」
「了解しました!」
サロメがそんな単純な方策を見逃すわけないか。
それぞれが備えている対奇襲用の魔法を発動させ、その手の魔法の備えが心もとないプレイヤーも、他のプレイヤーからの支援によって態勢を整えていく。
「では、屋敷に突入。事前に決めた通りの班に分かれて、一部屋ずつクリアリングを」
「「「了解!!」」」
照明弾によって屋敷の周囲が照らし出され、それまで夜の闇によって隠されていた被害者の血肉によって彩られた庭が私たちの視界に入るようになる。
だが、誰一人としてその光景に怯むことなく屋敷の中に入っていき、状況の記録と脅威の捜索を始める。
「エオナ、私たちも行くわよ。何かあった時に直接対応するのは、出来るだけ高レベルのプレイヤーの方がいいから」
「言われなくても」
私もサロメと組んで屋敷の中に入っていく。
どうやら、集まっているメンバーの都合上、他の前衛系プレイヤーよりも私の方が前衛適性が高いと判断したらしく、間に合わせの短剣しか持っていない私の背後をカバーするようにサロメが立っている。
「一応聞くけど、ルナたちは?」
「アンタのワンコロの遠吠えで叩き起こされて、それぞれの役目に応じて行動中」
「なるほど」
「で、私たちは先遣隊。自身の安全確保を第一にしつつも、生存者の捜索と保護及び敵対者の足止めと捕縛、それから可能な範囲での現場保全と調査が役目よ」
スリサズの遠吠えはきちんと効果を発揮していたらしい。
サロメたちが先遣隊と言う事は……もう暫くしたら、別のそれぞれに専門の分野があるプレイヤーたちが来るという事か。
「しかし、ヒドイ状況ね……女子供も容赦なし。それどころか観葉植物や花瓶の花まで切り刻まれて、門前の死体と同じようになってる」
さて、屋敷の内部の状況だが……前庭の血塗れ具合が可愛く見えるレベルで悲惨な状態だった。
逃げ出そうとした者も立ち向かおうとした者も関係なく、鋭利な刃物によって体を切り裂かれ、周囲を赤く染めている。
その上で生命力を奪われて、全身の皮膚がしわがれた老人のような状態になっている。
殺戮の対象に老若男女の区別はなく、それどころか屋敷で飼われていたであろう猫、鉢に植えられていた観葉植物、厨房に潜んでいたであろうネズミやゴキブリと言った害虫害獣の類まで、とにかくその刃の届く範囲に居た全ての命が殺されているような状態だった。
「これは……本格的にマズいかもしれないわね」
偶々かもしれない。
少し前に話題に出したから、思い浮かんだだけかもしれない。
しかし、この命……と言うよりはとにかく何かしらの手段で活動する事が可能であるならば、切り殺すと言う行動方針。
それに、相手が何であっても容易く切り裂いて見せる切れ味。
「……。アンタがこの状況を認識した上で、本格的にマズい、なんて発言が出てくる相手とか、想像したくもないんだけど……言ってみて」
「この惨劇の主は……神器スオウノバラが関わっている可能性があるわ」
私にはスィルローゼ様とヤルダバオトの神器であるスオウノバラしか連想できなかった。