153:導き
「ふうむ……」
屋敷はそれなりの大きさの前庭と、庭とほぼ同サイズの本館に分かれている。
そして私は今、前庭の入り口、外に繋がる鉄格子の扉の前に居るわけだが……そこでは警備の兵士と思しき人間が二人、物言わぬ死体となって倒れている。
死体である為にその身は冷たく、門や庭の芝生を赤く染めているのは彼らの体から流れ出た血だろう。
「死後に生命力を吸われているのかしら。奇妙な死体ね」
奇妙なのは、彼らの全身の皮膚がしわがれた老人のようになっている事と、そのような変化が起きているにも関わらず、彼らの顔に苦悶や驚嘆と言った浮かぶべき感情が浮かんでいない事か。
「スリサズ。遠吠えを。フルムス全域に聞こえるように」
「バウッ。アオオオオオオオオオオオォォォォォォォォン!!」
スリサズの遠吠えがフルムスの全域に響き渡っていく。
その響きはフルムス中の人間を叩き起こすのに十分な大きさだった。
そして、聞いた者がスリサズより弱い者ならば、恐怖させて自分の家の中に閉じこもらせ、スリサズより強い者には何かしらの異常事態が発生している事を教えて身構えさせるだろう。
「バウッ?」
「よーし、良い子ね。これでルナたちに必要な事は伝わったと思うわ」
スリサズはこれでいいのかと言う感じの表情を浮かべて、私の方を見てくる。
なので私はスリサズの頭を撫でつつよくやったと褒めてあげる。
そう、そして今の遠吠えだけでルナたちには伝わった。
今のフルムスで遠吠えをするような生物はスリサズだけ。
そのスリサズは私の管理下にあって、無駄吠えなんてものは絶対にしない。
なのにスリサズの遠吠えが響き渡るのであれば……急いで知らせるべき何かがあったとルナたちは判断する。
「さて、まず優先するべきは生存者の確認ね」
それと、今の遠吠えで屋敷の中に何かしらの反応が生じないかと思ったのだが……どうやら、既に屋敷の中に動き回れるものは居ないらしい。
明かりも点かなければ、動き回る音も気配もしない、何処かに隠れる様なものも含めてだ。
つまり、敵が居る可能性が著しく低くなると共に、無傷の者と軽傷者が居る可能性も極めて低くなった。
「んー、ぶっつけ本番だけど試してみるべきね」
私は『エオナガルド魔法図書館』に置いてある個体に一冊のスキルブックを手に取ってもらう。
そして、視覚情報を共有することで、その内容の中でも特に重要な部分、魔法の術式部分を読み取り、頭の中で組み立てていく。
それから、とある神様の像を頭の中で思い浮かべ、術式とリンクさせていく。
「茨と封印の神スィルローゼ様が代行者であるエオナが求めます。陽と生命の神サンライ様、どうか貴方様の御力を一時の間で構いませんのでお貸しくださいませ。『サンライ・サン・ラウド=ライフ・サーチ・アインス』」
信徒でない者が魔法を使おうとした影響なのだろう。
階級がアインスであるにも関わらず、大規模攻撃魔法のツェーン並の魔力を吸い上げられ、呼び水として使われていく。
だが、それでも一度とは言え言葉を交わしたことがあるおかげだろう。
無事に呼び水を辿ってサンライ様の力が帰ってきて、魔法は発動。
私の周囲に存在している生命の位置が伝わってくる。
「居た。スリサズ!」
「バウッ!」
そうして私は見つけ出す。
前庭の片隅、木の陰に隠れるようにしている少女を。
同時に感じ取る。
その少女の命がこうしている今も失われていっているのを。
だから私はスリサズの能力を使って、瞬時に少女の下へ駆け寄った。
「ドラグノフ!」
「エオ……うぐっ……」
そこに居たのは左腕に深手を負ったドラグノフ。
切断には至っていないが、骨は確実に切れていて、肉と皮だけで繋がっているような状態になっている。
当然、出血も酷く、助けるためには一刻の猶予もないだろう。
「『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』……これは」
私は直ぐに回復魔法を使った。
スィルローゼ様の代行者である私が使った以上、瀕死の重体であっても外的要因によるダメージならば即座に全回復する。
それが本来だった。
だが……
「回復阻害?」
「駄目……効かない……」
ドラグノフの傷は治らない。
それどころか、こうしている間にもドラグノフは弱っていく。
「『スィルローゼ・プラト・ワン・キュア・アハト』、『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』。効果なし」
状態異常の回復魔法を行った上でのHP回復を試みる。
しかし、効果はない。
「これは回復を止めているんじゃなくて、最大HPそのものを削る……いえ、奪っていっているのね」
「エオ……」
恐らくだがドラグノフには呪いのようなものがかかっている。
特定のアイテムが無ければ対処できないイベント専用の呪いなのか、恐ろしく強力なだけの呪いなのかは分からないが、とにかくこのままドラグノフを放置すれば、もう何分も経たない内にドラグノフは死ぬ。
そして死ねば、蘇生魔法を使っても助からない。
死んだ程度で逃れられるような呪いではない感じがしている。
「ドラグノフ。貴方の本名と信仰を教えて」
「……」
ならば私が取れる手段は一つしかない。
私はそう判断して、ドラグノフに尋ねるが、既にドラグノフは声を出すことも出来なくなっているようだった。
だがそれでも微かに口は動き、喉にも動きがあった。
それだけでどうしてか、私にはドラグノフの伝えたいことが分かった。
「分かったわ。茨と封印の神スィルローゼ様。貴方様が代行者であるエオナが求めます。陰と黄泉の神ルナリド様を真摯に信仰し、弓と追跡の神ボーチェス様と嵐と稲妻の神テンペサンダ様も信ずる徒、スヴェダ。彼女を死無き閉ざされた世界である我が国『エオナガルド』へと導く力を。『スィルローゼ・ロズ・コセプト・スィル=スィル=スィル・アウサ=スタンダド』」
だから私はドラグノフの本名を告げ、『エオナガルド』の門を開け、スヴェダを『エオナガルド』に確保。
一先ず死なないようにした。