151:肉の為の話-4
「と言う訳で、肉は一週間後に届くわ」
「「「……」」」
さて、本日の『エオナガルド』の視察だが、まずは街全体への連絡事項として肉の入手の目途が付いたことを伝えた。
伝えたのだが……どうしてか、私の言葉を面々は微妙な顔している。
「どうかしたの?」
「いや、肉が届くのは嬉しいんだが、どうしてこの面子で話を聞くことになっているんだ?」
「我としてはこの場所自体が謎だ。監獄区の存在は監獄区から出られないし、居住区の住民は監獄区には入れない、そう言う取り決めであると我は思っていたぞ」
「訳が分からない?」
「同じく。熊である俺には意図がまるで読めない」
「それを言ったら料理人である自分とか、なんで居るんだと言う話になるのですが」
「ああ、そう言う事」
どうやらこの場に居る面々……ゴトス、ワンオバトー、スリサズ、アユシ、それに『フィーデイ』各地の都市に展開されているチェーン料理店『ヨロズミ飯店』のフルムス支店の店主シンゴゼン・ヨロズミの複製体であるシンゴゼン・ヨロズミ=ミナモツキたちには色々と疑問点があるらしい。
まあ、急な招集である事も含めて、分からないことだらけなのは当然だし、きちんと説明するべきだろう。
「まず第一にワンオバトーの質問だけど、ここは簡単に言ってしまえば緩衝地帯。面会区と言い変えてもいいわ」
「面会?」
「よほどの理由がない限り、監獄区には外の人間を入れるわけにはいかない。けれど、居住区の人間もそうだし、『エオナガルド』の外から監獄区に居る誰かに会うべくやってくる可能性は否定できない。そう言うのが監獄区に押し入っても……まあ、住民が増えるだけになりそうだけど、面倒なことには変わりないでしょう?」
「ああなるほど、それで会いたいだけなら、此処で会えと言う事か」
「そう言う事ね」
まずここは面会区とでも称すべき場所。
見た目としては円形の巨大コロシアムと言ったところで、外周には巨大な扉が二つ、向かい合うように付いている。
扉の先は居住区または監獄区だが、私が許可しない限りは自分が入ってきた扉からしか面会区の外には出られないようになっている。
そして、此処は元々折り畳まれた空間の中に存在している『エオナガルド』の中でも、更にもう一度折り畳まれた空間の中に存在しており、万が一の際にはこの空間ごと強固な封印を施せるようにもなっている。
なお、ワンオバトーの言う会うには……戦う、と言う意味も含まれている。
だからこそのコロシアム型なわけだし。
「で、この面子にまとめて聞かせたのは、肉……と言うか生物が届いたら、折角だし『エオナガルド』全体でちょっとしたパーティでも開きたいと思ったのよ。でも、『エオナガルド』全体でやるようなパーティの準備を私一人でやるには無理があるでしょ?」
「なるほど。それで俺とシンゴゼンの二人が主導して、『エオナガルド』の住民に準備してもらう、と」
「そう言う事ね」
ちなみに面会区は同時に複数展開する事が可能であるし、一つ一つの大きさにしても、人間なら千人以上は同時に入れるようなサイズである。
なので、場所の心配は一切必要ない。
「では、そこのモンスターたちが居る理由は?」
「『フィーデイ』での私の活動に、そこの三人は協力的なの。で、この間肉と酒を奢ると言う約束もしたわ。だから、無理にとは言わないけれど、出来ればパーティに一緒に参加させたいのよ」
「……。代行者様が自らの意思で約束された事なのですね?」
「ええ、私が自分の意思で約束したことよ。私も料理が出来ないわけではないから、強制はしないけど」
私の言葉にシンゴゼン・ヨロズミ=ミナモツキは悩ましい顔をしている。
まあ、当然の反応ではある。
なにせ彼はプレイヤーの複製体ではなく、NPCの複製体、つまりは『フィーデイ』の住民だ。
その彼が、世界の敵である悪と叛乱の神ヤルダバオトの眷属であるモンスターたちの為に料理を作る、と言う行為に疑問を抱くのは当たり前の話だ。
「エオナ様。幾つか確認したいことがあります」
「何かしら?」
シンゴゼンは真っ赤に燃えるような赤い髪の間から、橙色の瞳を覗かせつつ私に問いかけてくる。
「まず一つ目。今回のパーティで使う肉、その元となる生物は神々が我々の為に新たに作り出された生物なのですね」
「ええ、その通りよ。品質については食と探求の神ククパシュ様が関わっているから、間違いないと思ってもらって構わないわ」
「では二つ目。どのような料理を作るかについては私に任せてもらえるのですか?」
「万人向けする料理も作ってもらう必要はある。けれど基本的には貴方の好きなように作ってくれて構わないわ」
「三つ目。この『エオナガルド』で作られている植物ならば、何を使っても問題はありませんか?」
「何を……ああ、ファウド様たちが作られている作物ですね。それならば問題はありません。ファウド様からもソイクト様からも所有権は主張しないと窺っていますから」
「なるほど……」
私の言葉を聞いたシンゴゼンは何か考え始める。
「エオナ様、このシンゴゼン・ヨロズミ=ミナモツキ。全力を以ってこの度の料理に当たらせていただきましょう」
「では」
「ええ、喜んでお受けさせていただきます。世界で誰も扱った事のない食材を幾つも扱う事が出来る。そんな好機、何十度生を授かったところであるとは思えません。客の種類に拘って、そんな機会を逃す事など、食と探求の神ククパシュ様に仕える者として出来るはずもありません。そういう訳ですので……」
どうやらシンゴゼンは私の依頼を受けてくれるらしい。
勢いよく立ち上がると、やる気の炎を漲らせている。
「やれるだけの事は事前にやっておくべきでしょう。私は未知の植物の活用法を調べに行きますぞー!」
そして、そのまま面会区から居住区へと勢いよく駆け出して行ってしまった。
「「「……」」」
「ま、やる気があるのはいい事ね」
余談だが、シンゴゼンは『フィーデイ』に自分のオリジナルが居ること、『ヨロズミ飯店』と言うチェーン店も多数ある事、それに『エオナガルド』にしかない食材の存在から、例え自己の確立に成功してミナモツキから切り離されても、『エオナガルド』の外に出ていく気は無いと公言している。
まあ、私としても美味しい料理を食べれるのに越したことは無いので、シンゴゼンの判断もありだとは考えている。
考えているが……少々想定外と言えば想定外の反応でもある。
まさか、ここまで料理への熱意が強いとは思っていなかった。
「じゃ、次の話に行きましょうか」
「まだあるのか?」
「ええ、ちょっとした用事がね」
とは言え、シンゴゼンがこの場から去ったのは都合よくもある。
なので私はもう一つの話をゴトスたちにする事にした。