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150:肉の為の話-3

「あ……」

 神託魔法の効果が切れて、意識が『フィーデイ』に戻ってきた私が目を開けると、そこには黒髪黒目の弓を背負った見知らぬ少女が立っており、ちょうど私と目が合っていた。


「しつ……」

「捕縛っと」

 私は即座に手首から茨を伸ばし、この場から逃げ出そうとした少女を捕縛。

 逆さ吊りにして、逃げられないようにする。


「んー、もしかしてドラグノフ?」

 で、そうやって反射的に捕まえたところで、私は目の前の全体的に地味で目立たない印象がする少女の正体として思い至った少女の名前を上げる。


「その通り……です」

 すると、少女もこの期に及んで誤魔化すのは無理だと判断したのだろう。

 自分がドラグノフと名乗っていることを認める。

 なので、私は少女を床に下ろし、拘束も解く事にする。


「さて……」

 私は周囲を見渡す。

 此処は私の部屋だが、部屋が荒らされている気配はない。

 メイグイの気配もしない。

 窓の外には夜のフルムスの街並みと無数の星が瞬く空が広がっている。


「何時間くらい動いていなかった?」

「ほぼ24時間、です」

「あー、やらかしたわね。こりゃあ」

 が、窓から見える今のフルムスの街並みの復興具合と、神託魔法を使う直前に記憶しているフルムスの復興具合に微妙ではあるが差異があった。

 夜間工事は緊急の場合を除いて禁止されているはず。

 つまり、工事が進むだけの時間が経過していると見る方が正しい事になる。


「神託魔法を、使っていた……のですよね?」

「ええそうよ。ちょっと代行者としてね。それで向こうでの話が長引いたのだけれど……うん、仕方がない事ではあるけど、やらかしたとしか言えないわね」

 なので、ドラグノフの言うとおり、私はほぼ丸一日の間『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』を使い続けたことになる。

 食事も睡眠も必要がない体、『フィーデイ』と謁見の場の間にある時間の流れるスピードの差、向こうに留まり続けた方が都合がよかったため、などの条件が重なった為とは言え、どうやら留まりすぎてしまっていたようだ。


「ドラグノフ。貴方なら知っていると思うけど、この件について把握しているのは?」

「直接見ているのは私とメイグイの二人だけ。メイグイが朝に確認して、それから何処かに落ち着いた様子で行っている。だから……」

「ルナとウルツァイトさんは確定か。メイグイは口が軽いわけじゃないし、他二人も同様。なら問題は無さそうね」

「……」

 私の言葉にドラグノフは首肯で返す。

 まあ、メイグイ経由でルナとウルツァイトさんに伝わるのは当然だろう。

 ルナはギルマスだし、ウルツァイトさんは今日会う約束をしていたのだから。


「とりあえず、次からは最低限の防衛は敷いた上で神託魔法を使った方が良さそうね。短時間なら『フィーデイ』では一瞬だけど、どうにも一定時間以上に長引くと『フィーデイ』で経過する時間も加速度的に伸びてしまうようだし」

「……」

 私の言葉にドラグノフは何か言いたそうな表情をしている。

 しているが……言う気はなさそうなので、これ以上気にする必要は無いだろう。

 それよりもだ。


「ちなみにドラグノフ。貴方が私の部屋に入ってきていた理由は?」

 そろそろドラグノフが私の部屋に居た理由を問い正すべきだろう。


「あまりにも動きが無かったから、少し心配になっただけ。犯罪行為の類は……住居不法侵入くらいしかしてない」

「ふうん、そう」

 ドラグノフは大きな嘘を吐いた。

 私がそう直感すると共に、ペナルティを与えるかどうかという選択肢が頭の中に浮かんでくる。

 どうやら、準神性存在が持つ、大きな嘘を吐いたかどうかを判断する能力が働いているようだ。

 だが、今ここでペナルティを与える意味はないので、ペナルティは与えない。


「まあ、丸一日動きが無ければ、不安にはなるわよね」

「……」

 ドラグノフが大きく頷く。

 そこに嘘はない。

 どうやら、私を心配していたこと自体は本当の事であるらしい。

 となれば、犯罪行為の部分で何かが引っ掛かった事になるが……。

 有り得そうなのは寝ている私の髪の毛やら頭の花弁やらを採取された事ぐらいか。


「とりあえず、今回は何もなかったことにしておいて。私としても、人並外れて長時間の神託魔法を使う際にこんな大きな隙があるって言うのは広まってほしくない情報だから」

「……。分かった」

 何かを察したのだろう。

 ドラグノフは一度頷いてから、窓を通って、部屋の外に出ていく。

 そうして、距離が開くと、私から正規の許可を貰わずに持って行こうとした影響なのか、ドラグノフの懐に私の体の一部があるのを感じる。

 これを理由にペナルティを下すことも出来るし、強制的に取り戻すことも出来るようだ。


「うーん、思いがけず状況が動くことになるのかしら」

 ま、ケッハメイ枢機卿が情報通りの人間ならば、私の素材を手にしたところで悪用は考えないだろうし、それならば問題は無い。

 ケッハメイ枢機卿以外の所にあるのであれば……それはそれで色々と使える話になるはずだ。

 なので、位置のトレースだけしておいて、最終的に誰の手元に行くかだけ調べておくとしよう。


「一週間後までに片が付けばいいんだけど、さてどうかしらね」

 何にせよ、明日の予定はウルツァイトさんへの謝罪からだろう。

 私はそう判断しつつ、朝日が昇るまでの間、『エオナガルド』の視察を行うことにした。

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