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142:ちょっとした質問-3

「ぜぇ……はぁ……」

「ひぃ……ふぅ……」

「げほっ……ごほっ……」

 黒ずくめたちは五人とも土が剥き出しの道に倒れ込み、必死な様子で呼吸をしている。


「逃げ足、もう少し鍛えておきなさい。どう生きるにしても、足の速さの差は大きいわよ。じゃ、後はよろしくね。メイグイ、サロメ」

「はい、分かりました。エオナ様」

「アンタの方も頼むわよ。情報共有含めて」

 うん、倒れるぐらいの速さで走らせたのはワザとではあるが、このまま放置しておくほど私は鬼ではない。

 と言う訳で、メイグイに回復薬を何本か渡した上で、後は任せることにした。


「さて……」

 そうして私は一人で自宅に戻ってきた。

 部屋の中に妙な気配の類は無い。

 なので私は窓際に椅子を持ってくると、部屋の外へと意識を向ける。


「話は出来るのかしら?ドラグノフ」

「……。問題ない」

 部屋の外から声が響いてくる。

 しかし、部屋の外の通りを歩く人たちにドラグノフの声が聞こえている様子は見られない。

 となると……特定の人物にだけ声を伝えられる魔法をドラグノフが使っていると見るべきだろう。

 『フィーデイ』では使い勝手が良さそうな魔法である。


「じゃ、まずは一つ確認。ケッハメイ枢機卿は信頼できる?」

「それは……ケッハメイ枢機卿側の人間である私が言える事では無いと思う。非合法的な活動を命じられたことは一度もないとは言うけど」

「ん、そう言えるなら大丈夫そうね」

「……。なんだろう、この微妙に納得しづらい感じ」

 とりあえずドラグノフ、それにドラグノフの主要な情報源であろうケッハメイ枢機卿は、やはり最低限の信頼はしても良さそうだ。

 ここで無根拠に信頼出来ると言って来たら、他人に自分の主は信頼出来るから大丈夫などと言う、怪しげな人物として、ドラグノフの事もケッハメイ枢機卿の事も少々疑わなくてはいけなかった所である。


「それじゃあ、説明をよろしく。どうしてあの黒ずくめたちを使って、ケッハメイ枢機卿は私の事を調べようとしたの?」

「……。話の流れとしては、カミア・ルナ巡礼枢機卿に対して嫉妬している者が居るのが最初に来る」

「嫉妬?」

「達成できるはずの無かったフルムス攻略と言うクエストを、ルナリド様から授かった神器とスィルローゼ様の代行者である貴方の助力によって成し遂げた。嫉妬するには十分な理由だと思うけど?」

「まあ、人間ならそうかもしれないわね。どうにも私には理解しがたい感情だけど」

 嫉妬……か。

 うーん、嫉妬と言う感情については人間だった頃から、どうにも私には理解しづらい。

 憧れるのまでは分かるが、何故それが妬みや嫉みに変わり、他者を害そうなどと言う考えに至るのか……まあ、とにかくルナは誰か……恐らくは枢機卿の誰かに嫉妬されている、と。


「それにしても馬鹿みたいな話ね。神器を授けたのはルナリド様の意志。私が手助けをしたのだって、フルムス奪還に当たって、ルナと協力した方が都合が良かっただけの話。それに嫉妬するだなんて……本当に馬鹿馬鹿しい」

 うん、実に馬鹿らしい。

 そして理解も出来ない。


「で?その嫉妬している誰かがルナを陥れるために、悪事の捏造でもしているの?」

 だが、その感情は理解できなくても、そう言う嫉妬に狂った輩がどう動くかは分かる。

 それをどう防ぐのかも分かる。

 正しく、『汝、隣人を疑い、調べよ』だ。

 第三者が潔白を証明してしまえば、罪に問われるのは仕掛けた側である。


「まだ捏造までは行われていないと聞いている」

「そうなの?」

「ただ、カミア・ルナ巡礼枢機卿に身辺調査を入れて、叩ける穴が無いかを探っているようだとは聞いている。穴が一つでもあれば……」

「細工をして、小火で済むはずの案件を大火にする、と言う訳ね」

 ドラグノフが頷く気配が伝わってくる。

 なるほど、流石は枢機卿、捏造が最終手段であることくらいは分かっているか。


「しかし、こうなってくると私は下手に動けないわね。ルナの事だから、自分の身辺警護に情報保全はしっかりとしているはず。むしろ、調査をしに来た奴を捕まえるなり、罠に誘い込むなりして、カウンターを仕掛ける可能性すらありそうだし」

「動かないの?」

「少なくともルナとの関係性が疑われる形で動くことは無いわね。それをしたら、相手の思う壺でしょうから」

 ならば、今はまだ私は動けない。

 今動いたら、私の動きがルナの策を台無しにしかねない。


「ごめんなさいね。ドラグノフ。そういう訳だから、わざわざ調査と言う形で交渉しに来てもらったけど、ケッハメイ枢機卿が思うように、ルナを助ける形で動くことは出来なさそうだわ」

「そう……」

 それと、この時点で何故ケッハメイ枢機卿が、私に対してあのレベルの人間を使った調査を仕掛けてきたのかも理解した。

 ケッハメイ枢機卿としてはルナを助けるために私に大きく動いてもらいたかったのだろうが……そう言う動きは出来なさそうだ。


「その代わりと言う訳じゃないけど……ドラグノフ。ケッハメイ枢機卿に一つ情報を」

「情報?」

「クレセートできな臭い動きがあるとルナリド様が仰っていた。人間同士の政争程度ならば、ルナリド様はきな臭いなんて言わないはず。つまり、それだけの何かがクレセートで起きているわ」

「……。分かった、伝える」

 この程度の情報、ケッハメイ枢機卿は既に知っている。

 場合によってはケッハメイ枢機卿こそが中心かもしれないが……伝えても損はないだろう。


「今後も情報交換をしに来ても?」

「問題ないわ。ただ、注意は怠らないようにね」

 そうしてドラグノフは去っていった。

 さて、これでどう動くか……。

 結果はきっと直ぐに出る事だろう。

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