141:ちょっとした質問-2
「『汝、隣人を疑い、調べよ。隣人に過ちなくば、友としてあらぬ疑いをかける者たちより、隣人を助けるのだ。隣人に過ちあれば、友として見過ごさず、正しき道へと帰すのだ』以上、ルナリド様のスキルブックの一冊より、ルナリド神官の心得の一節でした、と。貴方たちが私の調査をするように命じられたのも、たぶん、こんなところよね」
「はい、その通りです」
私の言葉に黒ずくめのリーダーであろう人物が肯定の返事をする。
他の面々も何度も頭を上下動させている。
「じゃあ、サロメとメイグイに確認。ケッハメイ枢機卿ってどんな人物?」
私はサロメとメイグイの横に移動しつつ、黒ずくめたちの拘束を解く。
実力差は理解できているだろうし、この状況で迂闊な真似をするほど愚かでもないようだから、きっと大丈夫だろう。
メイグイも警戒の度合いを下げているし、サロメも警戒の対象から黒ずくめをほぼ外しているようだ。
「ケッハメイ枢機卿はルナリド神殿の上層部、ギルマス含めて16人居る枢機卿の一人。枢機卿同士は地位に差がない事になっているから、教皇に次ぐルナリド神殿のNo.2の一人、と言う事になるわね」
「確か、おっきなお腹の優しそうな人ですよね。髪の無いサンタクロースと言う感じで」
「ふうん。他の情報としては?」
「ケッハメイ枢機卿はギルマスと比較的仲の良い枢機卿でもあるわ。プレイヤーに対しても友好的で、黒い噂の類も私は聞かないわね。真実は分からないけど」
「なるほど」
サロメの話からして、ケッハメイ枢機卿は信頼できる方の人物であるらしい。
「貴方たちはプレイヤーよね。ケッハメイ枢機卿の私兵、と言う事でいいのかしら?」
「その通りです。私含めて五人ともプレイヤーで、今はケッハメイ枢機卿の私兵として雑事をしています」
「雑事の内容は情報収集?」
「それもありますが、基本的には買い出しや見回り、採取品を集めてくるとか……その、兵と名乗ってはいますが、『悪神の宣戦』以降、戦闘経験はほぼなしでして、実質的な雑用係のようなものです」
「ふうん……」
で、彼らの言葉に戦闘能力の具合から考えて……少なくともケッハメイ枢機卿は私が怪しい言動を見せた時点で有無を言わさず殺しにかかるような性格でない事は知っているようだ。
でなければ、レベル30にも到達していない上に、戦闘経験も殆どないプレイヤーを、一歩間違えれば高レベルのレイドボスに敵として認識されかねない情報収集任務に就かせたりはしないだろう。
「一応聞いておくけど、三食に休日、必要な物資に休憩場所と言ったものは与えられているのよね?今なら、絶対に安全な場所へ保護することも出来るけど……」
「ご安心を!三食、休日、給料、どれも与えられてます!」
「無茶な依頼の類もないですし、基本的には安定した生活が送れてます!」
「今回も捕まった時には直ぐに自分の名前を出すようにと猊下直々に言ってもらえてます!」
「失敗すると流石に怒られますけど、理不尽に怒られることは無いです!」
「むしろ、向こうに居た時よりも遥かにホワイトだったりしま……ゴホン」
あ、うん。
これはもうケッハメイ枢機卿はシロでいいわ。
彼らの喜びようと言うか、本気の叫びからして、少なくとも、部下を使い捨てにするような人物ではないと判断していい。
周囲にある気配の動きからも間違いない。
「となると、後はどういう理由で私を調べていたかだけど……」
「すみません、理由については私たちは詳しく知らないです。ただ、暫くの間観察をして、見たまま聞いたままを報告するようにとだけ言われてます」
「まあ、貴方たちだとそうよね」
私を調べる理由は……私自身にはたぶんない。
強いて可能性を挙げるのであれば、スィルローゼ様の代行者である私と繋がりを持ちたくて、その事前の調査として探っている可能性ぐらいなものだが、それならば、調査員である黒ずくめたちにもそう伝えておくはずだ。
となると……
「ルナに何かしらの嫌疑がかかっているわね。これは」
「ギルマスにですか。分からなくは無いですね」
「まあ、無くはないでしょうね。立場上」
何かあるのは私ではなく『満月の巡礼者』のギルマスにして、『巡礼枢機卿』と言う役職をルナリド神殿で持っているルナの方。
そのルナに対して何かがあるから、その周囲に居る人物の中の一人である私にも調査が入った。
こっちの方がありそうか。
「と言う訳で、その辺の説明をお願いできるかしら?そこの黒ずくめたちの護衛さん」
「ッ!?」
「えっ!?」
「そうね、説明をお願いしたいわ」
と言う訳で、私とサロメは同じ方向を向く。
視線の先にあるのは一本の大きな木。
人一人ぐらいなら幹の後ろに隠れられそうな、その木の後ろには実際に人が居て、おまけに魔法で姿を隠していた。
が、サロメは常に複数の探知魔法を定期的に使っているし、私は先程林の中に大量の茨を送り込んだ時にちょっとした方法を使う事で、その存在を認識してた。
レベル60くらいのプレイヤーの腕では、隠密特化でも隠れ続けるのは不可能である。
「……。降参。敵意は無いから、攻撃はしないでほしい。それと、出来れば姿は……出したくない。彼らの今後を考えると、私の姿を知らない方がいいと思うから」
「別に姿を現さなくてもいいけど、名前ぐらいは教えてちょうだい。勿論、偽名でいいわよ」
森の中から少女の声が聞こえ始める。
と言っても、姿を出したくないと言う辺り……声も何かしらの方法で変えていると判断するべきだろう。
「名前は……ドラグノフでお願い。役目は貴方の言った通り、万が一の護衛役」
「ドラグノフ……分かったわ。じゃあ、後でいいから一通り教えて頂戴。上手くいけば、ケッハメイ枢機卿の望む方向で私が動く事でしょう」
「分かった。貴方の私室に戻ったら、また声をかける」
そうしてドラグノフの気配は去っていく。
「じゃ、私たちも帰りましょうか」
「そうね、そうしましょうか」
「えーと……」
「私たちは……」
「街まで護衛はしてあげるから付いてきなさい。スピードも多少は緩めてあげるわ」
そして私たちもフルムスへと帰っていった。
黒ずくめたちの息が上がり、フルムス到着と同時にバテて倒れる程度の速さで。
うん、調整がうまくいって何よりである。