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140:ちょっとした質問-1

「そう言えば、二人に聞いておきたいことがあったのだけど、ちょっといいかしら?」

 私たちはそれぞれの乗騎に跨ってフルムスに移動している。

 日はすっかり沈み、周囲が薄暗い林で、大型の動物が枝葉を揺らしながら動き回っているのもあって、不気味な雰囲気が漂ってきている。


「何かしら?案外遅くなっちゃったから、出来れば馬を急がせたいのだけど」

「内容によります」

 私の言葉にサロメは気怠そうに、メイグイは多少緊張した面持ちで反応する。

 これならば、話を進めても大丈夫だろう。

 と言う訳で、私はスリサズに歩くのを任せて、背の上で反転して二人の方を向く。


「ぶっちゃけた話として、二人はこれからどうするつもりなの?」

「どうするって……」

「えと?」

「貴方たち二人が……と言うより『満月の巡礼者』全体が、『フィーデイ』から元の世界に帰ろうとしているのは知っている。でも、そのためにどうすればいいのかは分からない。だから、この先どうするのか、と言う話よ」

「ああ、そう言う事」

「それは……」

 私の質問に二人は真剣な表情で悩み始める。

 まあ当然だろう。

 まさか、このタイミングでこんな質問をしてくるとは、サロメもメイグイも思っていなかっただろうし。


「私はスィルローゼ様の代行者として『フィーデイ』に留まる気である。そうでなくとも『エオナガルド』を有するようになった今、私が元の世界に帰る可能性はほぼ皆無と言っていいわ。でも貴方たちはそうじゃない。そこは考えておかないと」

 私の視線が一瞬だけ周囲の林に向けられ、その後すぐに夜空に浮かぶ月に向けられる。

 そして、それからサロメの方へ顔の向きを戻す。


「考えろ。って言われてもねぇ。私としてはギルマスについていく他ないわよ。遠隔攻撃部隊の隊長なんてものを任されているけど、私の頭はそんなによくはないもの」

「あら意外ね。思考停止かしら?」

「目の前の状況に対応するので精一杯って事よ。何処かの誰かさんのせいで心休まる暇とかないし」

 サロメは一度だけ意識的に瞬きをする。

 そして、溜息を吐きつつも、私から顔を背け、林の方を向く。


「メイグイは?」

「私は……分かりません。お二人に比べて戦闘能力が低いと言うのもありますけど、この世界については分からない事だらけですから。だから、今はまだ分からないとしか言えないです。コウシンと離れ離れになるのが嫌だって思いぐらいはありますけど」

「そうね。ゲームの時と現実になってからの差異すら、まだ全てがはっきりしたわけではない。お隣と言ってもいいパシフィオとオトミルの状況も明らかになっていない。そんな状況で、こんな質問をしても、分からないで終わるわよね。そりゃあ」

 メイグイは……真剣に悩み、そして答える。

 だが、それでも気付いてはいるのだろう。

 視線を一瞬だけ自分に近い方の林へと向ける。


「それで……」

 これならば大丈夫だろう。

 私はスリサズの頭に手を置く。


「貴方たちはその辺どうなのかしら?」

「「「!?」」」

 次の瞬間、スリサズの茨で構築された体がバラバラに解け、一本ずつ別々に動き、林の中へと飛び込んでいく。

 そして、林の中に潜んでいた者たちを片っ端から縛り上げ、私たちの前にまで引きずり出す。


「い、何時から……!?」

「何が起きて……!?」

「いば、茨が……!?」

「まるでホラーね」

「エオナ様、眉一つ動かさずにそれは流石にちょっとどうかと」

 私たちの前に引きずり出されたのは、全身黒ずくめの人間が5人ほど。

 彼らはヤルダバオト神官ではない。

 が、この時間にこの格好で林の中に潜み、私たちの後を付けてくると言うのは……流石に敵一歩手前の存在として扱わないわけにはいかないだろう。


「何時からと言われれば最初から?」

「私は本格的な監視が始まる少し前の時点で気付いたわね」

「あー、私は流石にちょっと時間がかかりました。それでもエオナ様の質問が始まる前には気付きましたけど」

「「「……」」」

 なお、メイグイも事前に気づいていることから分かるように、彼らの隠密技術は低い。

 戦闘能力も同程度だろう。

 だからこそ私たちは余裕をもって応じているし、彼らがこちらとの敵対を望んでいないとも判断している。

 と言うか、この程度の実力しかない人間に、私または『満月の巡礼者』への荒事を任せる奴が居たら、そいつは最低限の情報収集能力と判断の力もない無能でいい。


「で、もう一度聞くけれど、貴方たちはこれからどうするの?」

「ど、どうすると言われても……」

「わ、私たちは貴方の監視をするように言われていただけで……」

「攻撃する気はございません!断じて!断じて!」

「ゆ、許してください!こっちにも生活が……」

「い、命だけはどうか……どうか……」

 私の茨で簀巻きにされた黒ずくめたちが命乞いをするかのように頭を下げ、騒ぎ始める。

 その間に私たちは彼らの様子を観察すると共に、周囲の警戒をするが……周囲に動きはなく、彼らの様子に不自然な点も見られない。


「まあ、敵対の意思がない点については信じてあげていいと思うわ。『満月の巡礼者』だけならまだしも、スィルローゼの代行者であるアンタとやり合う度胸がある人間が早々居るとは思えないし」

「そうですね。武器も護身用と言う感じですし、直接的な攻撃の意思が無いのだけは確かだと思います」

「そうね。じゃ、とりあえず拘束は解いてあげましょうか」

 私は茨を引き戻し、再びスリサズの姿を取らせる。


「で、三度目の質問だけど、貴方たちはこれからどうするの?具体的に自分たちの行動を提示してちょうだいな」

 そして、スリサズの能力によって、瞬時に黒ずくめたちの正面から背後に移動。

 黒ずくめの一人の後頭部にスリサズの鼻先を接触させる。

 茨で出来ているスリサズは呼吸をしていないし、体温の類も持っていないが……それでも微妙に動く体からは、狩猟者の気配を感じずにはいられないだろう。


「「「……」」」

「私たちは早くフルムスに帰りたいの。だから、出来るだけ簡潔に、素直に、お話しして欲しいの。分かるわよね?」

 黒ずくめたちが目に見えるほどの冷や汗をかき始める。


「わ、我々はスィルローゼの代行者を名乗るエオナと言う女性の調査をするように、ケッハメイ枢機卿に命令された者です」

 そうして素直に自白してくれた。

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