135:お肉の話-3
「おはようございます。エオナ様」
「……。おはよう、メイグイ」
『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』の効果時間切れによって『フィーデイ』に戻された私の視界に入ってきたのは、朝食の準備を終えたメイグイの姿だった。
どうやら、ルナリド様の講義もあって、結構時間がかかってしまっていたらしい。
「……」
「どうかしたの?」
私は立ち上がり、衣服に乱れや汚れがないことを確かめると、テーブルの方へ向かおうとする。
が、そんな私をメイグイは不思議そうな目で見ている。
「えーと、エオナ様。神託魔法を使ったんですよね」
「ええそうよ。聖地の件と『エオナガルド』の件で、スィルローゼ様の御言葉を聞く必要があったから」
「その……鼻血は……」
「鼻血?ああ、今回は心配いらないわよ」
どうやら、メイグイは私が神託魔法を使ったら、その度に失血死寸前に至る勢いで鼻血を吹き出すと思っていたらしい。
そして、実際にそんな勢いで鼻血を吹き出せば、それなりの治療も必要になる。
メイグイは私のことを心配してくれているからこそ、訊きづらそうにしつつも、訊いてくれたのだろう。
素晴らしい優しさだと思う。
で、失血死寸前はともかく、メイグイの認識自体は間違っていない。
「『エオナガルド』に居る私の一人に思う存分鼻血を吹いてもらった上で、思いの丈を込めた叫び声を上げてもらっているから」
「……。うわぁ……」
間違っていないから、対策済みである。
『エオナガルド』の監獄区の一角を防音対策万全の密室にした上で、感情処理専門の私を配置。
スィルローゼ様と並んで講義を受けると言う至福の経験、スィルローゼ様直々に頼み事をされると言う至上の喜び、スィルローゼ様と長時間ともに居られたと言う最大級の幸福、と言う普通に処理をしていたら何回幸福死するか分かったものではない莫大な感情を、周囲の目を気にすることなく堪能し、発散し、浸って貰う事で、『フィーデイ』や『エオナガルド』での一般業務に支障を来さないようにしてもらっているのである。
「本音を言えば、この場に居る私も、あの幸福を余すことなく、心おきなく堪能したくはあるわ。でもね……私はスィルローゼ様の代行者なの、鼻血を吹いて長時間行動不能に陥っていたりしたら、その間に何があるかは分からないし、日々の業務にだって支障をきたすわ。そんなスィルローゼ様の顔に泥を塗るような真似は出来ないのよ。そう、これは耐え、越えるべき試練!スィルローゼ様直々に敷かれた茨なのよ!」
「そ、そうですかー」
私は固く拳を握りしめる。
同時に、熱弁を振るい過ぎた為か、鼻から一滴だけ赤い物が流れてしまう。
「とにかく、そう言う事だから、心配しなくても大丈夫よ」
「ソーデスカー」
が、メイグイはワザとらしく顔を逸らしてくれている。
なので、私も変な事は言わずに懐の布で血を拭い、無かったことにする。
「さ、朝食を食べましょうか」
「ソーデスネー」
そうして私とメイグイは少々遅めの朝食を摂り始めた。
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「それでエオナ様。今日のご予定は?」
「ルナにスィルローゼ様の御言葉を伝えるのが第一ね。その後は……ウルツァイトさんの調査完了をただ待つだけと言うのもどうかと思うし、何かしたいところではあるけど……」
朝食後。
私とメイグイは食後のお茶を楽しみつつ、今日の予定について話し合う。
「街の復興で私が手伝うべき場面ってもう無いわよね」
「あー、エオナ様ほどの力を必要とする場面はもう無いかもしれませんね」
私は窓から街の様子を窺う。
当然のことだが、昨日よりも復興は進んでいて、活気も増している。
ここで私が自分の力を十全に発揮する形で力を貸したとして……うん、将来まで考えたら、碌な事にならなさそうだ。
復興と言うのは、復興する本人たちにやる気があるならば、そちらに任せた方が最終的には良くなりやすいのだから。
「クレセートに勝手に向かうのはNG。けれど、今後の事を考えると一度はクレセートに向かいたいところではあるのよね……」
「あ、昨日の話、ちゃんと覚えていてくれたんですね」
「そりゃあね。流石に私一人でクレセートに向かって、それで『満月の巡礼者』だけじゃなくて、他のプレイヤーたちにも多大な迷惑をかける可能性があるとなったら、勝手な行動は出来ないわ」
「ほっ……」
昨日も話に出たが、今はまだクレセートには向かえない。
「ただ、ルナリド様曰く、今のクレセートはきな臭いことになっているらしいから、状況次第じゃ独断専行するとは言っておくわよ」
「あ、はい……」
ただ、先程の神託魔法の終わり際にルナリド様が仰っていたことを考えると、あまり長期間引き延ばすのは止めておいた方が良さそうだが。
「んー、そうね。折角の暇な時間だし、戦闘と魔法関係で検証出来る事でもしておきましょうか。『エオナガルド』を自覚した今の体と、自覚する前の体とじゃ色々と出来る事も変わってくるだろうし。それぐらいなら、フルムスの周辺で活動するように制限すれば、ルナだってとやかく言わないでしょうから」
「そうですね。たぶん大丈夫だと思います」
なんにせよ、今日の所は出来る事をこなしていくしかない。
そう判断した私は、ルナにスィルローゼ様からの断りの言葉を伝えると、フルムスの城壁の外に出た。