134:お肉の話-2
「はい、それじゃあ改めて確認しようか。エオナ、君がゴトスと言う名前の複製体から受けた要求は?」
ルナリド様とサクルメンテ様が現れた直後。
どうしてか私はスィルローゼ様と横並びに座らされ、指揮棒のような物を持ったルナリド様を前に話をする事になった。
「動物が必要だと言われました」
「うん、よろしい。では、動物の用途は?」
「皮に毛は衣服や袋……と言うよりは布に。牙や骨は武器防具に。内臓は薬に。肉は食事に。特に最後の肉については『エオナガルド』で採れるものでは代替不可能だと言われました」
「うん、よろしい。けれど動物の用途はそれ以外にも、労働、愛玩、人には無い特殊な能力を生かす形での用途も存在している」
スィルローゼ様が隣に居ると言う事で、正直に言って緊張する。
心地の良い薔薇の香りが漂ってきていて、視界の端にスィルローゼ様が入り込むだけでも、その尊い姿に意識が飛びそうになる。
が、ここは気合で耐えなければいけない。
スィルローゼ様の代行者として、恥ずかしい姿を見せるわけにはいかないのだから。
「そう言った意味では君たちの考えた、対モンスターを想定した訓練に用いると言う発想自体は悪くない。『エオナガルド』の住民たちには、いずれ『エオナガルド』の外に出て行く事を目標にしてもらいたいし、外に出た後に戦闘方面で活躍したいと考えるのであれば、対モンスターの訓練は必須と言ってもいいだろう」
「ですよね。ルナリド様にも分かってもらえて嬉しいです」
スィルローゼ様はルナリド様が自分の考えに賛同を示してくれたことが嬉しいのか、花も恥じらうような笑顔で微笑んでいる。
「いや、賛同できるのは此処までだから」
が、ルナリド様はどうしてか眉間にシワを寄せていた。
元が美少年なだけあって、圧も強い。
強いが……スィルローゼ様に手を出すなら、ルナリド様相手でも……アイダッ!?
「ーーーーー(黙って聞いているように)」
不穏な考えを有し始めた心を読まれたのか、サクルメンテ様の体を構築している円の一つで、私は後頭部を叩かれた。
「スィルローゼ、それにエオナ。君たちは『エオナガルド』の住民たちの平均的な実力が分かっているのかい?」
「いいえ、けど……」
「それが何か?」
「『エオナガルド』の住民の大半は非戦闘員、つまりプレイヤーならレベル一桁と考えるべき力しか持っていない。戦闘員に限っても、プレイヤーの複製体はそれなりにレベルが高いが、一部を除いて平均は30から40程度。NPCの複製体なら高くても20程度だ。で、君たちの出そうとしたキメラのスペックはどの程度の物を見込んでいた?」
「えーと、具体的なレベルは決めてなかったですけど……羊、猪、鶏の3つの頭を付けて、ブレスを3種類は撃てるようにする気でした」
「薔薇で出来た尻尾に、空は飛べなくても羽根は付けようと考えていました」
スィルローゼ様と私はルナリド様たちが来るまでに話し合っていた内容を告げる。
そうして一通り告げたところで……
「それを全部実現したら、少なくとも推奨レベル60オーバーのレイドボスなんだけど?スィルローゼ、エオナ」
「「……」」
目が笑っていない笑顔でルナリド様にそう言われた。
「幾ら『フィーデイ』が『Full Faith ONLine』に似て非なる世界と言えども、『Full Faith ONLine』の世界を基に作られた世界に変わりはない。つまり、レベル50まではレベル差による実力が目に見えて生じる世界なんだ。現実化で工夫の余地が広がった事を考えても、対処できる範囲は限られている。それはミナモツキ封印の際にシュピーたちと戦った君ならよく分かっているだろう。エオナ」
「あー、はい……よく、分かります」
ルナリド様が言おうとしている事がようやく分かってきた。
確かに平均レベル20程度の集団に、推奨レベル60のレイドボスを処理しろと言われても、単純なスペック差で圧し潰されるのが目に見えている。
これは確かに駄目だ。
「最終的な卒業試験、あるいは上等な報酬の為に超えるべき困難として、そのキメラを用意するのなら構わないよ。けれど、そのキメラだけを用意して、自分たちだけで超えろと言うのは、レベルデザインがなっていないと言う他ない。はっきり言ってクソゲーだ」
「はい……」
スィルローゼ様は一足早く私と同じ考えか、その先に至ったのだろう。
少々落ち込みつつ、ルナリド様の言葉に応えている。
「と言う訳で後で分かるね。キメラは置くにしても最終試験。他にも何種類か……少なくとも、非戦闘員の住民でも相手に出来るレベルのが一種類。新人プレイヤーでも戦えるレベルのが一種類。それなりの手応えがあるレベルのが一種類。計三種類は絶対に必要だ」
「そう……ですね」
「なるほど……」
実に論理的な話である。
思い返してみれば、『Full Faith ONLine』でも、普通にプレイを進めるのであれば、最初の街から段階的に敵は強くなっていくようになっていた。
それと同じ手法を『エオナガルド』で用いれば、確かに無理なく強くなれるかもしれない。
「勿論、訓練と言う観点で見た場合、これだけでは色々と足りないが……まあ、そこは『エオナガルド』だからね。監獄区の方に住民を時々招いて、囚人たちと戦ってもらえばいい。囚人たちにとっても多少の鬱憤晴らしになっていいはずだ」
「そうですね。検討させてもらいます」
監獄区の住民を利用するのは……まあ、もう少し種類が増えたらアリか。
ワンオバトーなどは今でも二つ返事で受けてくれるかもしれないが。
「はい、そういう訳だからこの件については、エオナが三種類の食肉兼訓練用のモンスターを考えたら、スィルローゼに伝えるように。そうしたら後はこっちで生成をして『エオナガルド』に届けるからさ」
「分かりました。お願いします。ルナリド様」
「お手数をおかけいたします。ルナリド様」
三種類のモンスターを考える……これは結構な大役ではないだろうか?
要するに、新しい生物の誕生に関わると言う事なのだから。
「じゃ、僕は自分の仕事に戻らせてもらうよ。どうにもクレセートできな臭い動きが出始めているようだしね」
「ーーーーー(私も戻ろう。タイホーが日報を上げに来ているようだしな)」
そうしてルナリド様とサクルメンテ様は私たちの前から去っていった。
さりげなく爆弾が含まれていた気もするが……後でルナに確認しておくとしよう。
「ではエオナ。モンスターデザインの件、よろしくお願いします。『エオナガルド』の人々の生活の為にも」
「はい、スィルローゼ様。誠心誠意、全身全霊を以って当たらせていただきます」
そして私はスィルローゼ様に対して決意を明らかにした。
同時に、魔法の効果時間切れによって、私の意識は『フィーデイ』に戻されていった。