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132:『エオナガルド』-5

「『エオナガルド魔法図書館』に常任の私、ね。確かに必要ではあるか」

 さて、『エオナガルド』の視察だが、居住区ばかり見て回っているわけにはいかない。

 と言うか、優先度と言うものを考えたら、居住区の見回りはそれほど重要な事柄ではない。


「それから肉を食べたいって話だけど……犬肉と熊肉なら幾らでも提供できる。そうは思わないかしら?スリサズ、スオベア・ドン」

 『エオナガルド』は本来、私の中に封じ込めたモンスターたちが居る場所であり、彼らが万が一にも脱走したり、叛乱を起こしたりしないように管理することの方が重要なのだ。

 だから、私は暴れたらそう言う拷問を行うと言う意志を込めつつ、二体のモンスター……元アタシプロウ・ドンにして今はスリサズと言う名前の巨大狼と蘇芳色の毛並みが特徴的な熊であるスオベア・ドンを睨みつける。


「お願いします。食べないでください」

「幾らでも生き返る身であっても、食われるのは嫌です。許してください」

 すると、彼らは私に対する恭順の意志を示すように仰向けになり、許しを請う。


「冗談だから安心しなさい」

「よ……」

「なら……」

「貴方たちの今後次第で冗談にならないかもしれないけど」

「「はい……」」

 で、私の冗談だと言う言葉で一瞬安心させたところで、茨の首輪を絞めつつ、再度睨みつけておく。

 これで私の乗騎として外に出られることを自慢していたスリサズも、それに怒って喧嘩を仕掛けたスオベア・ドンも暫くは大人しくなるだろう。


「我は人間系でよか……」

「そう言えば、ゴトスたちの訓練に実際に血が出る人型のサンドバックを採用するのってどうなのかしら?精神面の訓練として割と必要だと思うんだけど……」

「大人しくしています!クイーン・エオナ!!」

「それはいい事ね」

 ついでに、自分には関わりがない事だからと安心していたワンオバトーにも軽く脅しはかけておく。

 馬鹿な真似はしないように、と。


「ま、なんにせよ、貴方たちは現状では模範囚。監獄区の中でなら、ある程度の自由は許してあげるわ。その代わりに外での私の活動中に力が必要になったら借りていくけど」

「どうぞどうぞ。我の力だけでいいのなら幾らでも」

「広いところを駆けるなら何時でもどうぞ!」

「……」

 さて、改めてここが何処だか説明しよう。

 ここは『エオナガルド』の中心に聳える、茨が纏わり付いた城、監獄区。

 私が絶対的な権力者として君臨するエリアである。


「スオベア・ドン?何かあるの?」

「いや、その……俺の力と言われても……腕を金属化させて殴るくらいしか出来ないぞ?俺、熊だし」

「ああ、その事。心配しなくても、それはそれで使い道があるから大丈夫よ。スリサズと一緒で貴方の体を作って、別個に動いてもらうパターンだってあるだろうから。そういう訳だから……名前もあげておくわ。アユシ」

「……。ありがたく頂戴しておく」

 そして、私、スリサズ、ワンオバトー、スオベア・ドン改めアユシが今居るのは、その監獄区でも浅層に当たる運動用の広場。

 スリサズ、ワンオバトー、アユシの三人は封印後の私への態度が比較的従順であったと言う事もあるので、ある程度の自由を許している形である。


「じゃっ、私はちょっとマラシアカの様子を見に行ってくるから、私の警戒網に触れない程度になら、好きにやっていなさい」

 では、その三人以外は?

 私は様子を見るべく、早速、ワンオバトーを審判にする形で殴り合いを始めたスリサズとアユシを尻目に、監獄区の別の場所へと瞬間移動する。


「気分はどう?マラシアカ」

「最悪に決まっている。この外道神官め」

 マラシアカは全身を茨で拘束し、口以外は一切動かせない状態で封印されている。

 つまり、会話と視線を送る以外は一切許していない状態だ。

 また、スリサズたちもマラシアカが居る場所にはそもそも近づけないようになっていて、それはそのまま私のマラシアカに対する警戒感の表れと言ってもいいだろう。


「ヤルダバオトではなく私に従う気は?」

「ない。貴様が我が力を利用しようとしたら、その瞬間に貴様の喉を噛み切ってくれるわ」

「そ、強情なままで安心したわ」

 実際、マラシアカが言っている事はただの強がりではない。

 スリサズ、ワンオバトー、アユシの能力程度ならば、本人たちがどれほど拒否しようが、一方的かつ一瞬で徴収して能力を使える。

 だが、マラシアカの能力をマラシアカが本気で拒否している今の状態で奪おうとすれば……使えるにしても、発動までのラグは確実に生じるだろう。

 そうなれば、使おうとした状況によっては本当に喉を噛み切られかねない。


「ふん、内心では使いたいのだろうな。だが断る。我が主はヤルダバオト様の他にない。貴様がヤルダバオト様の代行者であろうとも、貴様は敵に変わりないのだ。よく分かったか?エオナよ」

「何時まで、その態度が続くか、見物ね。マラシアカ」

 私の苛立ちに合わせるようにマラシアカを縛る茨が動き、マラシアカの体を傷つける。

 しかし、フルムスでの一件以前も無意識に、一週間前からはお互い意識的にやっている行為。

 マラシアカは苦悶の声一つ漏らさないし、私もその事で眉根をしかめることは無い。


「カミキリムシの魔王である我が、薔薇の神官に従う事など有り得ない」

「従わないなら従わないで大いに結構。永遠に其処で私の糧になっていなさい」

 だから私はマラシアカの牢獄から去った。

 この場に居続けたところで、何の意味もないのだから。


「ミナモツキ、メンシオスの遺骸に異常は無し。ファシナティオは私にも所在地が分からないからどうでもいい、と」

 その後、残りの点検事項も私は調べ、異常がないことを確かめた。

 その頃には『エオナガルド魔法図書館』の私も本の整理を終えており、ゴトスとシュピー=ミナモツキも寝落ち。

 ついでに『エオナガルド』の外の空は白くなり始めていた。

 なので私は『エオナガルド』の外に置いてある体へと意識の主体を移した。

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