13:トランスアイテム
「ウォッカ、セレナイト、それから栄養剤が10本、これでいいっすかー?」
「ええ、十分よ。ウォッカとセレナイトは特にいいわね。栄養剤については、出来ればもうちょっと上質なのが欲しかったけど……」
「これ以上の代物となったらエオナ様が自分で作る方が早いと思うっすよ。今は他の流れの神官様に頼れる状況じゃないっすし」
「まあそうよね」
シヨンの言う通り、シー・マコトリスは私の望む物を持っていてくれた。
ウォッカは現実でもおなじみの高度数のお酒。
セレナイトは乳白色の宝石で、名前の通り月の力を秘めた宝石である。
栄養剤は……質はあまり良くないけど、今の状況を考えたら仕方が無いか。
補助だから最悪無くても何とかはなる物だし。
「支払いはどうするっすかー?シヨンから、あの一件で流れの神官様たちの持っていたお金は無くなったと聞いているでやんすよ」
「出世払い……冗談よ。ちゃんとモンスターの素材を渡すわ」
「ん、どうもっすー」
支払いはこの一週間で剥ぎ取ってきたモンスターの各種素材。
枯れ茨の谷のモンスターの素材ばかりであるが、きちんと加工すれば色々と用途がある素材であるので、問題なく支払いは進んだ。
「それにしても一体何を作る気っすかねぇ。エオナ様なら、だいたいの必要な薬は常備薬として持っていると思うんすけど」
「ま、ちょっと特殊なアイテムなのよ。出来たら見せはするわ」
「そうっすかー。なら、期待させてもらうっすよ」
私は購入した素材をアイテム欄に入れると、家に戻る。
そして、色々と聞きたそうにしているシヨンとジャックの二人に『スィルローゼの
「で、その……『スィルローゼの神憑香水』だったか。いったいどういうアイテムなんだ?」
「『スィルローゼの神憑香水』は
「そんなアイテムがあったのか!?」
「えっ!?そんなのアリ何ですか!?」
「ちゃんと公式が実装したアイテムよ。とは言え、制限がかなりキツいせいで、ガチ勢ですらここ一番でしか使わないようなアイテムだけど」
それは各神ごとに存在している特殊なアイテムであり、その効果は一定時間、アイテムに対応した神の力を借りる魔法の等級を一段階引き上げる事。
つまり、アイテムの効果中に等級が
そして、この効果は等級が
よって、このアイテムを使えば、本来ならばプレイヤーには使用不可能な11番目の等級……エルフの魔法が一時的にではあるが、発動できるようになるのである。
だから私が『スィルローゼの神憑香水』を使った上で『スィルローゼ・サンダ・ミ・オラクル・ツェーン』を使えば……ヤルダバオトの妨害を振り切って、何かしらの情報を得れる可能性はある。
「エルフ……」
「なんか、魔法を使う度に耳が伸びそうだな」
「それ、思ってても言っちゃだめだと思います」
「すまん……で、そんなアイテムが何で有名になっていなくて、作り置きもないんだ?もしも俺がエオナの立場なら、1スタックくらいは無理やりにでも作り置きしておくぞ」
だが、そんな強力なアイテムに何の制限も無いなどと言う事はあり得ない。
神憑りアイテムには共通して一つの特徴がある。
「簡単な話よ。神憑りアイテムは作り置きが出来ないアイテムなの」
「は?」
「え……」
それは時間制限。
作成完了から72時間以内に使用しなければ、神憑り効果が失われた普通のアイテムになってしまうのである。
勿論、それならば素材の時点で集めておけばいいと思うだろう。
だがそれも出来ない。
私の知る限りでは、どの神憑りアイテムも作成に必須な素材があり、その素材に限っては採取から加工完了までを24時間以内に済ませなければいけないと言う制限がかかっている。
つまり、その必須素材を手に入れてから24時間以内にアイテムを作るしかなく、出来上がったアイテムも72時間で使い物にならなくなってしまうのだ。
「なんて面倒なアイテム……」
「でも、効果は確か……なんですよね?」
「ええ、効果は確かよ。どうしてもエルフの魔法が欲しいなら、これを使うしか無いし。ただまあ……それでもやっぱり使うプレイヤーには相応の事情があるわね。今回のような状況とか、どうしても無理を押し通さないといけなかったりとか」
問題は他にもある。
『Full Faith ONLine』ではアイテムの作成には基本のレシピを入手する必要があったが、神憑りアイテムのレシピは当然ながらレアアイテムで、入手するためにこなすクエストに出てくる敵も強かった。
要求される素材の入手だって相当に厳しく、幾つかは代用やアレンジが効くが、肝心要の素材に限ってはそれその物以外を決して受け入れないのだから、どうにかして手に入れる他なかった。
「えーと、それで後は何が必要なんだ?俺たちにも協力が出来るなら……」
「協力と言うのなら、ロズヴァレ村を守っていてちょうだい。戦闘なら私一人で十分だし」
「分かった。まあ、そうだよな」
「あ、はい。出来る限り頑張らせていただきます」
だが、それでも今の状況を打開できる可能性は高い。
だから私は『スィルローゼの神憑香水』を作るのである。
「後必要な物が……水は枯れ茨の谷の源泉水で……土はマラシアカの黄玉で……木は千年封印薔薇一択……悪神の種は……あー、家に置いておいたマラシアカの黄玉は十数個あるから大丈夫だけど、悪神の種は駄目そうね。腐ってる。この分だと悪と叛乱の神の種とかに変わっているのかしらね」
「なあ、マラシアカの黄玉って確か……」
「魔蟲王マラシアカのレアドロップの一つだったと思います……」
幸いにして家の中に必要な素材はほとんど揃っている。
残りの素材にしても、千年封印薔薇は何時でも回収できるし、枯れ茨の谷の源泉水は何処にあるのか分かっている。
マラシアカの黄玉はこちらに来る前のマラソンのおかげで無駄なぐらいにある。
悪神の種は……一定レベル以上のモンスターならどいつも落とす可能性があるから、カミキリ城の戦力削りも兼ねて殴り込みをかけて来ればいいだろう。
本音を言わせてもらえば、あれがアイテム欄に残ったままならよかったのだが……これについては諦める他ない。
「うん、善は急げだし、ちょっと行ってくるわ」
「って今からか!?」
「今からよ。じゃ、後はよろしくね」
そうして私はウォッカにちょっとした細工を施すと、必要な装備品を身に着けて、枯れ茨の谷へと向かった。
04/10文章改稿