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129:『エオナガルド』-2

「せいっ!」

「へぶっ!?」

 私の魔法ですらない背負い投げによってシュピー改めシュピー=ミナモツキは投げ飛ばされ、全面木張りな道場の壁に叩きつけられ、ゆっくりとずり落ちていく。


「ふう、ざっとこんなものね」

 で、道場の中にはシュピー=ミナモツキと同じように床に転がる人影が何十とあり、立っているのは私とゴトスの二人だけだった。

 勿論、ゴトスはこの状況を作るにあたって手は出していない。

 床に転がっているのは、私に挑んで返り討ちにあった結果である。


「強えぇぇ……」

「魔法なしでこれかよ……」

「と言うか、なんでリアル格闘術使えんだ……」

「流石は代行者様……」

「まさかこれほどとは……」

「やはり、我々はまだまだですなぁ……」

 なお、当然の事ではあるが、死人は出していない。

 『エオナガルド』内部では幾らでも復活できるとは言え、無意味に死ぬ意味はないのだから。

 そして、傷の治療もまた訓練の一環と言う事で、手当は自分でやってもらう。

 私が回復魔法をかけたら、一瞬で治ってしまうし。


「お疲れさま。エオナ。評価としては?」

「まだまだね。せめて魔法を使っていない私相手に一対一で有効打を与えられるか、3分は凌げないと」

「だよなー」

 シュピー=ミナモツキが他の複製体に介抱される中で、ゴトスが金属鎧を脱ぎ、ラフな格好になった上で拳打の構えを取る。

 どうやら、やる気であるらしい。

 と言う訳で、私も構えを取る。


「しかし、だ。どうして、魂の確立に格闘技なんだ?」

「ああ、その事?簡単に言ってしまえば、外に出てからも一番使い勝手がいいからよ」

 ゴトスがパンチを繰り出し、私は正面からそれを受け止める。

 そして腕を掴んで投げようとするが……その前にゴトスは腕を引いて、私の追撃を防ぐ。


「そもそもの話として、今の貴方たち複製体はミナモツキの一部として世界に認識されている」

「それは知っている。だからこそ、エオナがミナモツキを封印すると同時に、俺たちも『エオナガルド』に封印されたんだろ」

 ジャブからのストレート、あるいは蹴り、裏拳、頭突き、急所狙いの攻撃と次々にゴトスは繰り出してくる。

 私はそれを冷静に受け止め、いなし、避け、反撃を試みる。

 が、ゴトスは私の反撃をしっかりと見極めて、防ぐし、躱す。


「逆に言えば、ミナモツキの一部として認識されないように魂が変化し、自己を確立すれば、後は肉体さえどうにかすれば、『エオナガルド』の外に出られるようになるのよね」

「そうだな。だから『エオナガルド』に残った面々は、それぞれ自由に活動を開始して、生産活動に従事したり、戦闘訓練を重ねたり、書物を読み漁ったりしてる。いわば、これこそが自分自身だ。と言うアイデンティティーの確立を目指しているわけだ」

 話をしながらではあるが、私もゴトスも相手に向けて容赦のない拳打蹴撃を重ねていく。

 その激しさは他の面々の目を惹くには十分な物のようで、気が付けば周囲の面々は私とゴトスの戦いに見入っているようだった。

 しかし、戦っている当人にとってみれば……いずれの攻防も有効打には程遠く、焦らされる攻防が続いている。


「だからこそ、格闘技が手っ取り早いのよ」

「いや、そこが分からん。ちゃんと説明してくれ」

 私の蹴りをゴトスが腕で受け止め、大きな音を響かせつつも、目立ったダメージもなく防ぐ。

 そして、大きな疑問が浮かんだためだろう、どちらが言い出すでもなく構えを解き、距離を取る。


「んー、あくまでも持論なんだけどね。格闘技って相手に直接触れるじゃない?」

「触れるな。格闘技だし」

「で、この相手ってのは自分ではない別の誰か。触れ合うのは大体一瞬だろうけど、明確に自分ではない別の誰かに触れ、しかもその誰かが恒常的に体が放っている熱とか、魔力とかも感じ取ることになる。それって、自分が目の前の誰かとは別の存在だと認識させるには十分な物だとは思わない?」

「あー……そう言う理屈で行くとなると、剣や槍だと……」

「間に色々と介すことになるから、伝わる情報の量が少なくなる気がするのよね」

「なるほどな……」

 私の言葉にゴトスだけでなく、道場に居る面々の殆どが納得したように頷いている。


「言っておくけど、学術的な根拠の類は一切ないわよ。本当にあくまでも私の持論で、おまけに正々堂々と勝負をしているからこその話でしょうし」

「その辺は言われなくても分かってる。誰彼構わず、なんてのはどう考えてもヤルダバオト神官の思考だからな。そもそも今の俺たちが戦闘技術を磨いている理由で一番大きいのは、内部でトラブルがあった時に問題をこじれさせずに解決する力の一つとしてだからな」

「まあ、ならいいけど」

 なお、今現在この場に居る面々は『エオナガルド』内部での住民同士の揉め事解決によく関わる面々であるらしい。

 もっと分かり易く言えば、困っている人が居ると手を差し出さずにはいられないようなお人よしと言う事でもある。


「でまあ、格闘技を薦める他の理由としては、何時どんな状況であっても使えると言うのも大きいわね。手元に武器がない、魔法の詠唱を済ませるまでの時間を身のこなしだけで凌がなければいけない、なんて時に格闘技……もっと言えば、体術の類が使えると、結構状況が変わるのよ。私の経験上ね」

「そう言えば、オリジナルの記憶と知識を見る限りじゃ、高位のボスになればなるほど、後衛であってもある程度は動き回れないとやってられないようだしなぁ……なら、妥当と言えば妥当なのか」

「そう言う事ね。後は……隙あり」

「へ?」

 私は物思いに耽る様子のゴトスの腕を掴み、足を払い、その場に押し倒した上で、全身で体重をかけ、関節を極める。


「ギブギブギブッ!色んな意味でギブッ!?」

「こんな感じに、魔法無しの制圧技術として優秀ってのもあるわね。人の使う魔法よりは絶対に早いし、相手の不意も案外突けるのよ」

 勝利が確定したところで、私は意気消沈しているゴトスから離れて、諸手を上げる。


「ま、時間はたっぷりあるんだし、ゆっくりと自分と言うのを確立していけばいいわ。『エオナガルド』はその為にあるんだしね」

「「「はい、クイーン・エオナ!!」」」

「……」

 なお、何故かは分からないが、『エオナガルド』の住民たちの間で、私の呼び名はクイーン・エオナが一番主流であるようだった。

 本当に訳が分からない。

07/24誤字訂正

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