128:『エオナガルド』-1
「それではエオナ様、また明日」
「ええ、また明日」
自分の部屋に戻ってきた私は夕食を食べ、その後にメイグイを見送ってから、寝室へと移動する。
が、寝室に行っても眠るわけではない。
いや、より正確に言えば、人間が行うような睡眠をとる必要は無い。
「さて、と」
私の体にはフルムス奪還以降、幾つもの変化が起きている。
その一つが、睡眠と言う行動の取り方が大きく変化したこと。
スィルローゼ様の代行者としての力が増したからなのか、それともヤルダバオト神官としての面を自覚させられたのかは分からないが、とにかく今の私は人間のように眠ることは無くなった。
「向こうの様子を見に行きますか」
そもそもの前提として、『フィーデイ』に居る私は、『スィルローゼ・ロズ・コセプト・スィル=スィル=スィル・アウサ=スタンダド』の魔法によって封印したものを収めている監獄の入り口のようなもの。
本体は折り畳まれた空間の中に存在している監獄そのものであり、既に人の形すら成していない。
はっきり言って、今の私にとっては人間よりも、スィルローゼ様の守護者である茨様や、ミラビリス様の守護者である路地様の方が近いぐらいである。
なので、ここに居る私を分かり易く表現するならば……大きな木にある見栄えのいい枝の一本と言うところ。
枝の一本が眠ったところで、起きている別の枝が行動を引き継げば、人間のように眠っている間は何も出来ないと言う事はなく、その気になれば何ヶ月だろうが何年だろうが休みなく活動できる。
枝ごとに記憶や意思が違う事もなく、そもそも何時精神が切り替わっているかは私自身にも分からない。
そう言う体になっている。
「……」
だが、そんな体であっても、人間社会で生活を営む以上は、活動しない時間を設けておいた方が、面倒事を生じさせずに済んで良い。
だから私は『フィーデイ』にある体をベッドに寝かせ、最低限の警戒を行うために必要な量の意識だけを残して、本体へと意識の主体を移動させていった。
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「……。よし、移動完了」
目を開くと、そこはもうフルムスにある私の部屋ではない。
土が剥き出しの道路が張り巡らされ、和洋折衷な木造の家屋が立ち並び、満天の星が広がる別世界であり、私は天を衝くような巨大な城の城門前に立っている。
「お、エオナか。来たんだな」
「あら、ゴトス。今日も待っていてくれたの?別にいいって言ったのに」
「女王様が来るのに出迎えがない方がおかしいだろ。伝えたい話もあるしな」
と、私が来たことを察してか、全身に金属鎧を身に着けた男性……GtSことゴトスがやってくる。
「女王様は……後回しにして、伝えたい事って?」
「住民たちの要望だよ。不思議なことにこの街では色々な素材が手に入るんだが、どうしても必要なのに手に入らない素材とかがあるからな」
私とゴトスは横に並んで、城を背に街を歩き始める。
「要望ね……何かしら?食事、トイレ、寝所、お風呂、遊戯用具、必要な物は大体揃えたと思っているし、無い物もだいたいは自分たちで作れるって言ってなかった?」
「ああ、俺たちもそう思っていたんだが……どうしてもこれだけは必要なのに作れなくてなぁ……」
私の本体であるこの空間は、大きく分けてしまえば二つのエリアに分かれている。
一つは今の私と、ミナモツキの力によって複製された人々が生活している居住区。
もう一つは私の背後にそびえる、茨が何重にも巻き付いた堅牢な城にして監獄の本体として、マラシアカやワンオバトーと言った面々が封印されている監獄区。
居住区はゴトスたち街の住民たちの好きなように出来るように設定されているが、監獄区は……私を絶対的な頂点としたエリアであり、街の住民たちは絶対に立ち入れないようになっている。
ゴトスが私を女王様呼ばわりしたのも、この監獄区の見た目からだろう。
「で、作れないってのは?」
「動物だ」
「……。ああ、言われてみれば……」
「まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけどな……。自分と別種の生物を無から生み出すなんて、正しく神の所業なわけだし」
さて、ゴトスを通じて伝えられた街の住民たちの要望だが……うん、確かに考えてみれば動物は居なかった。
そして動物が居ないと言う事はだ。
「骨や爪と言った硬質な素材なら私の茨の棘で、皮も繊維の類を加工すれば代用出来るでしょうけど、肉が食えないってのは……確かにあまり良くないわよね」
「良くないな。今の俺たちにとって食事は嗜好品に過ぎず、封印されている都合上、望めば何度死んだって蘇れるが……だからこそ肉が食いたいという要望は割と重要なもののようだ」
気兼ねなく食べれる肉が無いと言う事でもある。
「んー、後でスィルローゼ様に相談してみるわ。流石に私の一存で向こうの世界で家畜を封印して、こっちに連れてくるのは拙いと思うから」
「まあ、それはそうだよな。分かった。よろしく頼む」
とは言え、私に生物の創造は出来ないし、向こうの生物を勝手に連れてくるのも、それはそれで問題になる行為である。
こればかりはスィルローゼ様に相談してみる他ないだろう。
「それでシュピー=ミナモツキやキャッサバたちの様子は?」
「みんな元気だぞ。で、折角だからって事で、戦闘訓練の類もしてる。どうせだから見ていって、指導もしてくれると喜ぶんじゃないか?」
「そうね。それにこの体の私を万が一にも倒せるような実力があるなら……」
「この『エオナガルド』の外に出てもやっていけるだろうな」
なお、この世界には、『フィーデイ』と区別をつけるべく、名前が付けられている。
その名は『エオナガルド』。
スィルローゼ様から賜った神聖な名前であり、私の国である事を示すような名前でもある。
07/24誤字訂正