126:エオナの武器-2
「じゃあ、まずはこの槍、スペアアンローザから」
私は槍の刃に労わるように優しく触る。
そんな私に対してメイグイとウルツァイトさんは真剣な眼差しを向けてくるが……うん、申し訳ないけれど、そんなにしっかりとした裏はない。
だって……
「クレセートのバザーで出店していたプレイヤーから購入した槍に、私が持ち込んだ素材を使って、その場で薔薇の装飾を付けてもらっただけよ」
話なんてこれだけしかないのだから。
「……。それだけかい?」
「それだけよ。購入した理由はバザーを冷かしていたら、何となく目に付いたからだし、薔薇の装飾を付けてもらったのもスィルローゼ神官としての身だしなみ程度のものだもの」
「えーと……作った方とのフレンド登録とかは……」
「してないわ。本当に偶々目に付いて、購入して、少し調整をしてもらって、それで終わりよ。その後に会った事も無いし、顔も名前も覚えていないくらいね」
「「……」」
二人とも唖然とした表情だが、『Full Faith ONLine』では私は基本的にソロプレイヤーだった。
そんなソロプレイヤーが、偶々一回武器のやり取りをしただけの相手を覚えているかと言われたら、流石に否であろう。
何せスペアアンローザは特別な武器ではなく、極々普通の、僅かにスィルローゼ様の魔法の威力を上げる程度の効果があるだけの槍なのだから。
「あ、でもちょっとだけ思い出したわ。どうしてかは知らないけれど、私がこの槍を手に取って、購入することを決めた時に売ってくれたプレイヤーは凄く感動していたと言うか、いい笑顔だったのよね。時刻がゲームプレイのゴールデンタイムが終わろうかと言うぐらいの時間だったし、それまでの売り上げが芳しくなかったのかもしれないわね」
「そうかい……まあ、作者についてはアイテムの説明欄から見れるし、『満月の巡礼者』に居るなら……あー、駄目だな。この名前は見覚えがある」
「どうかしたの?」
スペアアンローザのアイテム詳細を見たウルツァイトさんが唸り声のようなものを上げる。
「この槍の作者は死んでる。ファシナティオに全てを毟り取られた挙句に殺されたプレイヤーの名前だ」
「……。そう」
どうやら、スペアアンローザを作ってくれた彼女はファシナティオに殺されていたらしい。
つまり、ある意味ではスペアアンローザは期せずして親の仇を討っていたことになるようだ。
なお、その後に詳細を窺ったところ、彼女の死を切っ掛けにしてファシナティオに対する捜査が始まり、人間だったファシナティオの処刑にも繋がったとのことだった。
なんと言うか……思いがけない縁もあったものである。
「こっちの拳甲についてはどうなんですか?」
話を戻そう。
「そっちの拳甲……ローゼンアウストは、壊して無くしてしまった盾……ローゼンクライスと一緒にバザーで買ったものね」
「またバザーか。いやまあ、ソロプレイヤーなら、分からなくもないが……」
「ちなみに買ったのはクレセートではなくオトミルよ。スィルローゼ様の魔法を手に入れるために遠征しに行ったときに偶々見つけて、気に入ったから購入したのよ。二つセットで買ってくれるなら安くするとも言われたし」
次はローゼンアウストについてである。
と言っても、こちらもバザーで見かけて購入したものだが。
「オトミルって……木と豊穣の神ファウドの神殿の本部がある都市でしたっけ」
「そうさ。七大都市の一つで、巨大な農場と森林に囲まれた都市だ。全体的に雰囲気に落ち着いているって事で、スローライフ系のプレイヤーはこぞって集まっていた場所だね」
「懐かしいわね……薔薇が花と苗合わせて何十種類と売っている花屋とかもあって、丸一日入り浸っていた思い出もあるわ……」
なお、オトミルとはメイグイとウルツァイトさんの言うとおり、七大都市の一つ、木と豊穣の神ファウド様の一番大きな神殿がある都市であり、クレセートから南下することによって辿り着く事が出来る。
ゲーム時代は一瞬で行き来をする事が出来たが……今だと安全を優先したルートならば片道で一ヶ月ちょっと、危険を冒しても二週間か三週間と言うところだろうか。
流石に明確な目的もなく行けるような距離ではない。
尤も、『満月の巡礼者』であれば、今後の事も考えて、確実に人は送り込んでいるだろうが。
「製作者は……特に聞いた名前じゃないね」
「オトミルで活動していると言っていた覚えはあるから、生きているならその内会えるわ。たぶん」
「そうだといいですね。エオナ様」
当然のことながらローゼンアウストの製作者もフレンド登録はしていない。
ただ、彼女は普通に作り手として優秀だったのか、私が薔薇の装飾を頼んだ時の手際はとても良かった覚えがある。
「で、最後は剣……ローゼンスチェートだけど……」
話を続けよう。
私はローゼンスチェートに施された薔薇の装飾に触れる。
「どうせバザーなんだろ?知って……っつ!?」
そんな私を見つつも、ウルツァイトさんはローゼンスチェートのアイテム詳細を見る。
見て……その名前を知っているのだろう、息を詰まらせる。
「アンタ、これを何処で?いや、どうやって知り合ったんだい?この名前は……」
「リアルの知り合いなのよ。北東のポエナ山地で、高レベルのスィルローゼ神官か入手が面倒なアイテムが必須のクエストがあって、リアルの知り合いだからって事で誘われたの。ただまあ……私の顔を見れば、どう言う目に遭ったのかは分かるでしょ?」
そして慌てるウルツァイトさんを微妙にやつれた目で見つつ、私はため息を吐く。
それだけで、ウルツァイトさんも何処か達観した表情になる。
「えーと?この、g35さんってそんなにすごい人なんですか?」
どうやらメイグイは知らないらしい。
ならば、簡単に説明してしまうとしよう。
「モンスター狩猟専門の廃人ギルド『ジェノレッジ』所属の超一流職人にして、一流の戦闘員よ。単純な戦闘技術なら、私やルナ、ビッケンなんかも足元には及ばないわ」
「デイリー討伐は朝のラジオ体操。世界の全てのモンスターは素材であり経験値。殲滅以外は認めません。と言う標語の下に、モンスターを狩るために生きているような連中さ。ゲーム時代から、そして恐らくは今もね」
「う、うわぁ……」
そして私たちの期待通りにドン引きしてくれた。
『ジェノレッジ』と言う一般プレイヤーの想像の埒外に居る狩人たちの存在に。