１２４：ルナとの話

「とまあ、こんな感じね」

「……」

　ルナとの話はフルムス奪還作戦中の私の行動についてだった。

　と言う訳で、私個人の手札を著しく晒すようなものを除いて、だいたいは聞かれた通りに答えたのだが……どうしてか、私の話が進む度にルナは苦虫を噛むような顔をして、眼鏡をかけた記録係の人は口の端をヒクつかせていた。

「後はまあ、私自身にもよく分かっていない事柄が幾つかあるのよね」

「ヤルダバオト神官としての能力か？」

「それも一つ。後は、魔法でもなんでもない、ただの祈りの言葉が明確な影響力を有するようになっている件ね」

「なるほどな。とりあえず、きちんと起きた通りの事を書いて報告書にまとめても、普通の人間には信じてもらえない事は分かった」

「そう？」

「そうだろう……」

　どうやら私が今回の戦闘中にやった諸々についてだが、幾つかはその場に居なかった人間には嘘だと思われるような事が含まれているらしい。

　まあ、その辺はルナたちの方で、上の人たちに納得してもらえるように上手く調整してもらうとしよう。

「ま、私のヤルダバオト神官としての面についても、祈りの言葉の件についても、暇を見て調べておくわ。どう言う爆弾が眠っているのかも分からないんじゃ、対応の仕様が無いし」

「そうだな。そうしておいてくれ。お前は元々『満月の巡礼者』ではない部外者。おまけにスィルローゼの代行者と言う事は、此処『フィーデイ』においては人間である私たちよりもよほど発言力があると言う事。そのお前が口をつぐむ分には誰も文句など言えないだろう」

　あ、これは体よく押し付けられたかもしれない。

　確かに私が口をつぐんだら、人間の範囲で文句を言える相手は居ないだろうけど。

「ミナモツキがお前の中にある事の明言は？」

「そこはしないでおいて。私が封印したことはともかく、所在まで分かると流石にリスクが高いから」

「分かった」

　ルナが記録係に視線を向けると、記録係も無言で頷く。

　どうやら、今の言葉から暫くは記録しないように暗に指示したようだ。

「ちなみにお前の中の状況は？」

「今は平穏無事よ。外のフルムスと同じで整備中と言った方が正しいかもしれないわね。ゴトスを中心によくやってくれているわ」

　さて、私の中だが……実は現在、一つの街が形作られようとしている。

「住民の数は？」

「プレイヤーの複製体とNPCの複製体、合わせて千人ちょっと、と言うところね。封印後に消滅を願って、解放してあげた子もかなり多いから」

　それはミナモツキの力によって複製された人々が住むための街であり、そこにはシュピーも含まれている。

　他に目立ったところだと……やはりゴトスか。

　どうやら、指揮ができる上に高レベルプレイヤーであると言う事で、住民たちのまとめ役になっているようだ。

「こちらに出て来れるようになるのは……」

「そっちは当分先ね。肉体はともかく、複製された魂ではなく自分自身の魂を持つと言うのが、それなりに時間を必要とする事だから」

「そうか……」

　で、私がシュピーたちを私の内部で活動させている理由だが……簡単に言えば、彼らを複製からオリジナルにするためである。

　どれほどの時間と手間暇がかかるかは不明だが、上手くいけばミナモツキとは別の存在として世界に認識されるようになり、私の外に出ていくことも出来るようになるはずである。

　私にとってはとても楽しみな事である。

「あ、一応言っておくけど、ミナモツキの封印領域には私でも安易には近づけないし、スオベア・ドンたちの居る領域も住民たちは許可なく近づけないから、そこは安心していいわよ」

「そこは心配していないから大丈夫だ」

　現在の私の中の構造がどうなっているのかを確かめるのは……まあ、夜でいいか。

　どうせ夜になれば、視察も兼ねて見に行くのだし。

「むしろ心配なのは一時的にでもフルムス住民を外に出せるようになった時、お前の戦闘能力がまた伸びるのではないかと言う点だな。そこはどうなんだ？」

「あー、戦闘能力が十分にある子なら、戦力として期待する可能性はあるわね。本人の意思が第一だけど」

「つまり、まだまだお前の戦闘能力は伸びる……と」

「アッチの能力もあるから、実質的には無限に成長するようなものでしょうねぇ……うん、スィルローゼ様の為にももっと強くならないとね」

　ルナが大きくため息を吐く。

　そんなに私が強くなることが……まあ、芳しくないのだろう。

　今朝の私とメイグイの会話内容的に。

「そう言えば、私が封印を行った場所を聖地にするって件は？」

「現在進行中。今はまだ調査をしている段階だが……聖地化そのものはフルムス復興の為にも決定事項でいいだろうな。ただ、七大神をメインにするか、スィルローゼをメインにするかは、オラクルの魔法で確認してから、と言う事に現時点でもなっているそうだ。どうにもスィルローゼについての知識がある人間が調査をやっているらしい」

「なるほど。ならやっぱり、私から後でスィルローゼ様に尋ねておくわ」

「そうしておいてくれ。私としてはどちらでも問題は無い」

　聖地の件は……まあ、後回しで。

「今回の件の褒賞については、上との兼ね合いがあるからまだ待ってもらうとして……医薬品はともかく装備品の補充や修理の話は、そう言えばしたか？」

「した覚えはないわね」

　さて、残る話だが……どうやら消耗した装備の修理をしてもらえるらしい。

「そうか、ならちょうどいい。昨日の事だが、クレセートに居た『満月の巡礼者』の生産部隊の一部がフルムスに到着した。これを期に……そうだな、いっそのこと代行者素材で装備を強化してしまえ。お前の側から求めたなら、誰も文句は言えん」

「分かったわ。私としても『悪神の宣戦』以来、装備品は自分での手入れしかしていなかったし、新しく作りたい物もあるから、喜んで『満月の巡礼者』の職人を使わせてもらうわ」

「ああ、そうしてやってくれ」

　いや、修理どころか、作成までしてくれるようだ。

　うん、それならば頼んでしまうべきだろう。

　私にとっては新しい装備品が手に入る絶好の機会であり、職人たちにとってはレベル上げに加えて未知の素材を扱える貴重な機会なのだから。

　だから私もルナも笑顔で同意した。

「じゃあ行ってくるわ。他の人の仕事を邪魔しないように作ってもらうわ」

「うんうん、そうしてやってくれるとこちらとしても助かる」

　そして私はルナから一枚の紙を貰うと、ルナの部屋を後にした。