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122:フルムス攻略作戦の後

 ミナモツキの封印後。

 私と言う圧倒的な戦力による威嚇と『満月の巡礼者』の迅速な行動によって、フルムスの解放は基本的には滞りなく進んだ。

 そう、基本的には。


「ひでえな。こりゃあ……」

「メンシオスの実験の犠牲者……ですか」

「うっ……流石に吐きそう」

 想定外は二つあった。

 一つはメンシオスが研究拠点にしていた屋敷。

 当初から、悲惨な状況になっている事は予想されていたが、現実は想像以上にひどい物だった。


「こうなってくると、もう他に手段はないか。『ルナリド・ダク・ウィ・バグ=イレイズ=エンチャ・アウサ=スタンダド』」

「そうね。それが最善だと思うわ」

「どうか、貴方たちの魂に救いがある事を……」

 メンシオスの屋敷には実験材料にされたヤルダバオト神官が何十人と居た。

 だが、その大半が人の形を既に成しておらず、かろうじて人の形を保っているものも、精神と魂が完全に破壊されて、ただ延々と死に続けるだけの存在になっていた。

 そのため、ルナの判断で彼らのヤルダバオト信仰を奪い取った上で殺害、解放した。


「エオニャンは平気っぽいのかニャ?」

「平気ね。こっちに来た当日に血塗れになってからは、動揺はしなくなったわ」

「それはまた随分とぶっ飛んでる初日だニャア……」

 完全に壊れてしまった者に救いとしての死を与えると言う行為は、これまで人型の物も含めた各種モンスターと戦い続けてきた『満月の巡礼者』のギルドメンバーにとってもツラい物であったらしい。

 一部は作業を終えると、ひどく疲れた様子を見せた上で、医療班の方へと向かった。

 ルナの話ではメンタルケア専門の医療班も居るそうだから、彼らに会いに行ったのだろう。


「研究資料は見つかったか?」

「いえ、何処にもありませんでした。ただ、書類を燃やしたと思しき灰は見つかりました。なので恐らくは……」

「私たちに研究が渡るのを警戒した……いや、警戒するならば、別の誰かの方が有り得そうか。私たちならほぼ間違いなく廃棄処分を選ぶとメンシオスなら分かるはずだ。あるいは、事前に誰かに渡していた可能性があるかどうかだが……そちらは調べてみないと分からないな」

 メンシオスがどんな研究をどのようにして行っていたのかを示す書類はない。

 どうやらメンシオスが事前に書類や本の形で記録していたものは廃棄していたらしい。

 一応、私からルナに、私がメンシオスとの戦闘を始める前に誰かと会っていたかもしれないような気配があったのは伝えたが……研究が伝わってるかは分からない。

 今後の調査待ちとなるだろう。


「……。カケロヤって医者は……本当に医者だったのか?」

「医者だったわ。その証拠に、ここに居る人間たちは誰も死んでないもの」

 もう一つの想定外はカケロヤがやっていた病院。

 そこでは大量の人間が地下に収められていた。


「死んでない?この状態でか?」

「マジかよ……」

「この男とか、腹に大穴が開いてんだぞ……」

 収められていたのは、いずれも大怪我を負って、迂闊に動かすどころか、一呼吸しただけでも死んでしまいそうな重傷者たち。


「ええ、コールドスリープ……とでも言えばいいのかしら。維持、凍結、それに封印と言ったものによって、死なないようにしているようね」

「「「……」」」

 だが誰も死んではいなかった。

 恐らくはカケロヤの魔法によるものだろう、全員が体を氷のように冷たくして、血の一滴も流す事なく止まっていた。


「おまけに一人一人の怪我の状態を詳細に記したカルテ付き。これなら、きちんとした準備を整えた上で封印を解除すれば、一人の犠牲者も出さずに助け出せるわね」

 問題は使われている封印がかなり高度な物で、相応の実力者であるスィルローゼ神官でなければ封印の解除が行えない事だが……そこは私が居ればどうとでもなるだろう。

 後で、使い捨ての封印解除具でも用意しておけばいい。


「では、エオナ様」

「ええ、医療部隊に連絡。此処から運び出して、一人ずつ対処していきましょう」

 なので私たちは封印されている人々を運び出し、『満月の巡礼者』の医療部隊に後を任せることにした。

 だが、その引き渡しの時に医療部隊の隊長であるケンゴさんは、私の報告を……より正確に言えば、カケロヤの名前を聞いた瞬間に、顔を青ざめさせていた。


「カケロヤ……彼は確かにそう名乗っていたのですか?」

「ええ、そう名乗っていたけど……それがどうかしたの?」

「知り合いです……」

「そう、なら……」

「ただし、もう死んでいるはずの知り合いです」

「……」

 その言葉だけで私は察した。

 カケロヤが現実では既に死んでいる人間のアカウントのキャラクターだったことを。


「これは……やらかしたかもしれないわね」

 ケンゴさんの話では、カケロヤの中の人と言うべきプレイヤーは三年ほど前に自殺しているらしい。

 アカウントが残っていれば引退組でもこちらに来ている以上、中身がなくてもこちらに送られてくる可能性自体は、以前に考えたことがある。

 だが、それが現実のものとして、この場で現れていたのは想定外だった。


「カケロヤの気配は……私の感知範囲には居ないわね」

 既にカケロヤはフルムスに居ない。

 戦闘中、私はカケロヤが病院にこもっていると気配では感じ取っていたが、それも何かしらの方法による偽装だった。


「性格上、人を救う方針で行動するとは思うけど……それは問題を起こさない、災厄を招かないって意味ではないのよねぇ……」

 病院の地下を広げるのに空間拡張の魔法も使われていたし、カケロヤの実力は数多のヤルダバオト神官の中でもかなり上の方だろう。

 それこそレベルさえ追いつけば、本物のヤルダバオトの代行者にだって成り得るほどに。


「まあ、なるようにしかならないわね……」

 だが、今から追いかけることは不可能だったし、やるべき事は他にもあった。

 だから私は、一抹の不安を抱えつつも、カケロヤが封印した人々を助けるために動く他なかった。

07/17誤字訂正

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