113:フルムス攻略作戦第三-3
「あら、意外ね」
ファシナティオの内部からミナモツキを取り出し、身動きを取れないようにしても、もう暫くは暴れ回る。
私はそう思っていた。
だが、現実は究極封印魔法による結界の中ではファシナティオの体を構築していたもの……大量の血と肉と骨と魂と想念が崩れ落ちて散らばっていた。
「制御は……出来ていなさそうね」
そして、私が疑問に思っている間に結界の中では先程までファシナティオの内部で行われていた地獄が再開される。
結界の中でファシナティオの魅了によって壊された人間がリポップし、血と臓物で全身を濡らしながら、別の人間に襲いかかり、食らいつき、犯し、殺し、悲鳴と嬌声を入り乱させ、そして死んだ人間がまたリポップして、同じことを繰り返す。
これまでは鏡張りの皮膚のおかげで見えていなかったが……こうしてはっきりと見させられると、見ているだけでもイラついて来るし、普通の人間なら精神を病むのではないだろうか。
「助け……妾を……いぎゃ……」
尤も、先程までとは違い、ファシナティオに彼らを制御する力はない。
そのため、これまでの報いを受けさせられるかのように、ファシナティオは何度も何十度も殺されているようだった。
自業自得なので、憐れみは覚えないが。
「どうやらミナモツキは私の想像以上に……っつ、ファシナティオにとって重要な存在だったようね」
私はミナモツキを拾い上げる。
すると流石は神器と言うべきだろうか、それだけで私の中に幾つかの情報が流れ込んでくる。
そして、ミナモツキがあの巨人形態のファシナティオの中でどういう役目を果たしていたのかを理解すると共に、なぜ今のファシナティオに彼らを制御する能力が無くなっているのかも理解する。
「返……せ……!それは……妾……ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアァァァァァァァァァァ!?」
「『サクルメンテ・ウォタ・ミ=ハド・ドリンク・アインス』、『サクルメンテ・ウォタ・ワン・ロジョン・フュンフ』」
ファシナティオが五月蠅いが、私はそれを無視して、ミナモツキの中に貯まっている血を捨てると、魔法を活用して血塗れのミナモツキを洗浄していく。
しつこい血の染みも物質浸食と水生成の魔法を組み合わせれば、比較的簡単に落とせるから楽な物である。
「「「助ケ……」」」
「『ルナリド・ダク・フロト=アンデド・ピュリファイ・フュンフ』」
「「「ア゛ア゛……」」」
なお、捨てた血から湧き上がってきた怨霊らしきものについてはルナリド様の対アンデッド用魔法で浄化しておく。
自分からか、巻き込まれたかは分からないが、彼らは鞭を打つべき死者ではないだろうし。
「エオナ。状況は?」
「ルナ、それにシュピーたちも。街の方は大丈夫なの?」
と、私が究極封印魔法を行い、安全が確保されていると判断したのだろう。
私の傍にルナたちがやってくる。
うん、実にちょうどいい。
「心配しなくても、街の方はほぼ制圧済み。幾らかのモンスターとヤルダバオト神官が残っているが、そいつらの心ももう折れていると言っていい。で、こっちは?」
「ミナモツキは奪還。ファシナティオについては封印の中で暴れ回っているわ。私としては本体だけを完全に封印してしまいたいのだけど……」
全員で封印の中を見る。
するとルナについていた何人かのプレイヤーが口を覆い、明らかな嫌悪感を示す。
まあ、それが普通の反応。
ルナと二人のシュピー、それと私が、この状況を前にして一切動じていない方が、本来はおかしいのだろう。
「なるほど。今、ファシナティオだけに封印の対象を絞ると、アレがそのまま外に出てきて、フルムスが更なる惨事に見舞われることになる、と」
「そう言う事ね」
「「「……」」」
だが、アレの処分はどうにかして行わなければならない。
私の封印だって何時までも続くわけではないし、そもそも封印越しでも与えてくる精神的苦痛が凄まじいのだ。
何かしらの対応は必須だろう。
「一応言っておくけど、ファシナティオを封印しないと言う選択肢はないわよ。ルナリド様の魔法で浄化した後に生かしておいてもトラブルしか招かないだろうし、死んだら死んだでどう埋葬したって悪霊化しそうな奴だから」
「そうだな。アレはある種の廃棄物。それも放置しておくだけで周囲に害を為すような類のものだ。私もそれでいいと思う」
「アイツの被害者の一人として二人に同意するわ。あの手の奴は根本から消滅させでもしない限り、どう転んでも災いの種にしかならない」
「その、コピーである私が言うのもなんですけど、私もあの人だけはこれ以上何もさせてはいけないと思います。本当に碌でもない事しかしない気がしますので」
なお、ファシナティオの封印は決定事項であり、反対者も居ない。
シュピーですら躊躇いなく封印を薦めてくるあたり、ファシナティオの今までが見えるようである。
「分かった。周りの対処はこちらで進めよう。ディープスマッシュ」
「あいよ。ギルマス」
「ゲッコーレイに通達。鎮魂歌系統だ」
「分かりました。んじゃ、ひとっ走りしてきますわ」
ルナの指示を受けて伝令部隊隊長であるディープスマッシュがどこかに走っていく。
そして、暫く経つと、街中に聞こえていたゲッコーレイの歌の種類が、猛々しい物からしめやかな物へと変化する。
「じゃ、リポップ地点の正常化を行った上で、私の能力のターゲットから、あの人間たちを外すわ」
「頼む。よし、総員展開!これが最後だ!気を抜くなよ!!」
私はそれに合わせてスリサズから降りると、スリサズを消す。
そして、右手に槍、左手にミナモツキを持った状態で、フルムス中に茨を広げていく。
「では……円と維持の神サクルメンテ様。スィルローゼ様の代行者であるエオナが恐れながらも求めます」
広げられた茨は地面、空中、地中に幾何学的な模様を描き、街一つを覆う結界を作り上げていく。
「悪と叛乱の神ヤルダバオトによって歪められし、彼の地の理と輪廻を貴方様の力によってお正し下さいませ。木を東に、火を南に、土を中心に、金を西に、水を北に、陰は月に、陽は日に。色空変転して、正円を描け。さすれば、彼の地の理と輪廻は正されて、あるべき姿が保たれる。『サクルメンテ・チェジ・ルール=リーン・メンテ=ピュリファ=キプ・アウサ=スタンダド』」
そして魔法が発動。
無数の薔薇の花が咲き乱れると共に、フルムスとフルムス周辺に存在する全てのエリアが浄化され、ヤルダバオトの影響が取り除かれていく。
「ワンオバトー、能力範囲縮小……始まるわよ!」
そうして、魔法が無事に発動し終わって、茨も消したところで私はワンオバトーの能力の範囲をファシナティオ本体だけに改める。
すると直ぐに結界からファシナティオ以外の物が流れ出し始め……
「総員戦闘開始!!」
「「「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
「「「!?」」」
鬨の声を上げる『満月の巡礼者』たちによる一方的な蹂躙と、ヤルダバオト信仰を取り除くための治療が始まった。
「さて……気分は如何かしら?ファシナティオ」
そんな中、私はファシナティオの前に立った。
07/08誤字訂正