112:フルムス攻略作戦第三-2
「息を止めておきなさい」
「バウッ」
ファシナティオの巨体からすれば掌に収まる程度のガラス片。
だが、私たちにとっては十分すぎるほど大きな凶器が私たちに向かって飛んでくる。
「うkfdrふぉhf!」
私は息を止めて攻撃を回避する。
血を基にしたガラス片は、そのまま建物や地面にぶつかり、細かく砕け散る。
すると、その場に赤い霧のようなものを生じさせ、霧に触れた建物が赤く染まる。
「タスケテ……タスケテ……」
「キモチ……ワルイ……」
「ミンナ……トケテ……」
そして、無数の手や顔のようなものが生じて、私に向かってまるで助けを求めるように動き出すが……効果時間切れだろう、直ぐに溶け落ち、消えてなくなる。
いずれにしても、触れれば……いや、臭いを嗅いだだけでも碌なことにならないのは確かだろう。
「lじょいでvfjhfd!!」
「腹立たしいわね」
さて、ファシナティオの攻撃を回避し続けているが、どうやら、あの赤いガラス片はファシナティオの内部に入れておきたくない負の想念をまとめたものであるらしい。
そんな物が身に纏える量で発生し続けていて、おまけにファシナティオが投げても投げても尽きる様子が見えない。
それはそのまま、ファシナティオの内部がどれほどの地獄であるかも示している。
「おまけに自分より美しい部位は自分の中には要らない、余計な目や耳なんて要らないなんて事かしらね」
「おいymdf、おへびjfr!」
となれば、何時の間にやら断ち切った部分が元通りになっている髪の毛についても、似たようなものなのだろう。
ファシナティオにとっては自分以外は全て己の糧か踏み台でしかなく、自分より目立つ物なんて許すわけにはいかない。
だから、自分以外に向けられる目や耳なんて抉り取って、自分の敵を探すために使った方がいい……いや、いっそ老廃物に近いものなのかもしれない、自分自身の目は外には向けられず、自分の中に向け続けられているのだから。
色々と破綻している感じがするが、ファシナティオと言う人間はそう言うものだったようだから、きっとこういう考え方なのだろう。
「本当に腹立たしい。それならいっそ、誰の目にも留まらぬ場所で自分自身を愛で続けてればいいじゃない。それなら、ただのナルシストでしかなく、誰からも非難される謂われだって無かったわ」
「きtsふぁjlgf!!」
ファシナティオが右手を振り下ろし、私が跳んで攻撃を避けると同時に、左手に握った血のガラス片を空中に居る私に向けて投げつけてくる。
「まあいいわ。アタシプロウ・ドン……いえ、スリサズ。一度で覚えなさい。覚えたら、今後も必要な時は一時釈放してあげるから」
「バ、バウ!」
ファシナティオの攻撃を前に、私は跨っている茨の狼……アタシプロウ・ドンの能力と意識を宿らせたものに、正式な名前……茨を示すルーン文字の名前を与える事で、存在をこれまで以上に安定化。
そして、スリサズの足の爪を、茨の棘を短剣のように鋭くしたものに換装する。
「『スィルローゼ・プラト・エクイプ・イパロズ=チェイス・フュンフ』」
その状態でスリサズの爪に魔法をかけ、更にその使い方を直接頭の中に叩きこむ。
「行きなさい」
「バウッ!」
「bmsytふぇ!?」
スリサズは見事に『スィルローゼ・プラト・エクイプ・イパロズ=チェイス・フュンフ』の効果を使いこなした。
四つの足の爪先に無数の薔薇の花を出現させ、それらを即座に踏み砕いて衝撃波を生じさせる。
そして、自身の能力である即座に最高速度に達する能力を用いりつつ衝撃波に乗り、ファシナティオの知覚出来ないスピードでファシナティオの側頭部近くの空中にまで移動。
「おmせfj……」
で、自分の側頭部近くに現れた私たちを髪の毛の目で見たファシナティオがこちらを向こうとした瞬間に再度跳躍。
ファシナティオの背中側に私たちは辿り着く。
「『スィルローゼ・ウド・エクイプ・エンチャ・ツェーン』、『スィルローゼ・プラト・ワン・グロウ・ツェーン』」
私は改めて槍を自身に同化させ、魔法を発動して眩いばかりの青い光を纏わせると同時に巨大化させる。
「スリサズ!」
「アオオオォォォォン!」
「!?」
そして、その場でスリサズが再び薔薇を踏み砕き、螺旋状に発生した衝撃波によって、きりもみ回転。
ファシナティオの髪の毛を先端から根元に向けて少しずつ槍で刻んでいく。
すると、ファシナティオの髪の毛には感覚器として使うために神経が通っているので、この攻撃を受けたファシナティオは……
「くだhぅふぇzっじょfdswwd!?」
口から先程の悲鳴が可愛く思えるような声量でもって叫び声を上げ、口から苦悶の表情が浮かんでいる赤い泡を吹きだす。
「さて、ここからが……」
ファシナティオの様子に、傍目には多大なダメージを与えたように見えるだろう。
だが、実のところ、ファシナティオには大したダメージを与えていない。
所詮は髪の毛と言うか、やはりファシナティオにとっては必要のない物の集合体なのだろう。
ミナモツキの能力によるものなのか、もう新しい髪の毛が生え始めているし、叫び声を上げ終えたファシナティオは私に向けて怒りのままに腕を振り下ろし始めている。
「本番ね。『スィルローゼ・プラト・エクイプ・ベノム=ソンウェプ・ノイン』」
しかし、これでいい。
怒りに任せた大ぶりな攻撃の上に、再生を進めるに当たって、中のヤルダバオト信仰の気配に揺らぎが生じている。
特に気配が濃い部分が二つ……心臓と脳に当たるであろう部分にあるのが分かる。
脳の気配はファシナティオの感情に合わせるように大きくブレていて、心臓の気配はこの状況でも慌てずにペースを保っていた。
だから私は鞭化した槍の穂先をファシナティオに向けて突き出す。
そして……
「lんft!?」
大きく開かれた口の中から心臓部分の気配に向けて鞭の先端を伸ばしていく。
「おyせkbmvjで!?」
「気持ち悪いわね……」
鞭を介して、ファシナティオ内部に広がる地獄の一部が私に伝わってくる。
己の欲を満たす為に相手を貪り、食い合い、一方的な快楽を得るだけの世界。
ファシナティオが理想とする、ファシナティオだけが愛され、他の者全てが虐げられる世界。
悪と叛乱の神ヤルダバオトも、ヤルダバオトに対する信仰すらも、己の欲を満たすための道具に過ぎないと断じる壊れた世界。
「うhdr……」
「でも、これで……」
だが、そんな世界を望むのはファシナティオだけである。
だから、内部に入り込んできた私に縋りつく人々の想念も、私にまとわりつき、食らいつきはしても、それ以上の妨害はせず、私にとっては無いも同然だった。
そして、この世界の王はファシナティオであっても、維持しているのはファシナティオではなかった。
故に私は鞭でファシナティオの世界の心臓であるミナモツキを捉え、絡め捕ると……
「破綻よ」
一気にファシナティオの口から鞭を引き抜いて、血塗れの水盆……ミナモツキを取り出す。
「おygすkrswhyfdr!!」
ファシナティオが絶望するような声を上げる。
私に向けて両手を伸ばしてくる。
だが既に、全身を覆っていた鏡張りの皮膚はひび割れ、その下にある筋肉や血管が直接見えるようになってきていた。
それはそのまま、反射能力の消失も表していた。
「茨と封印の神スィルローゼ様の名の下に、我が敵の威、全てを封じ込めよ。『スィルローゼ・ウド・エリア・アルテ=スィル=エタナ=アブソ=バリア・ツェーン』」
「!?」
だから、私がスィルローゼ様の究極封印魔法を発動しても、何の問題もなく茨の結界は構築され、ファシナティオの動きは止まった。
そして、封印の中でファシナティオの巨体は崩れ落ち始めた。
07/07誤字訂正