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110:フルムス攻略作戦第二-9

「封印に……成功したのか……」

「肉体はね。魂と精神は封印前に消滅してしまったから……実質的には勝ち逃げされたようなものね」

 封印完了直後、ぐったりとした様子のルナが私にどうなったのかを尋ねてくる。

 なので私は素直に負けを認めつつ、返答する。


「封印に成功したのなら……問題は無い。ウプ……」

「えーと、大丈夫?」

「普通の人間がお前の狼の急加減速に対応できると思うか?状況上、やむを得ないのは分かっているが、それとこれは別だ……」

「うんまあ、耐えて。たぶん回復魔法でどうにかなる問題でもないでしょうし」

 なお、ルナがぐったりしているのは、一種の車酔いであるらしい。

 まあ、私の乗っている茨の狼はメンシオスの攻撃を避けるために、急な加速と減速を繰り返しつつ、前後左右上下に飛び跳ねていたのだから、ルナの状態はある意味当然と言えるだろう。

 そうしなければ、ルナの命があったか怪しい以上、そうしない選択肢はないし、ルナには耐えてもらう他ないが。


「ビッケンたちは……」

「大丈夫だ。メンシオスとの戦闘が始まる前に、戦闘の範囲外になるであろう場所にケンゴたち医療部隊を配置してあった。今はもう治療を始めているはずだ」

「そう」

 そう言う私たちの前でビッケンは他のプレイヤーによって瓦礫の中から救出され、一先ずの回復魔法と回復薬をかけられた上で、何処かへと連れていかれる。

 この様子ならば、メンシオスがわざと即死はしないように攻撃を加えていたこともあるし、全員助かるだろう。


「で、シュピーたちにメイグイ。どうして貴方たちが此処に?メンシオスの魔法を撃ち破ってくれたのは嬉しいけど、それとこれとは話が別よ?」

「そうだな。最後の魔法による援護には最大限の感謝をしたいと思う。が、その点についてははっきりと聞かせてもらいたい」

 で、他のプレイヤーの心配がなくなったところで私とルナの視線は二人のシュピーと、その二人を馬に乗せて連れてきたであろうメイグイへと向けられる。


「えーと、ですね……」

「それはその……」

「「……」」

 シュピーとメイグイは気まずそうに視線を逸らす。

 私とルナはそれを訝しむような目で見る。

 実際、私もルナもシュピーたちとメイグイには感謝しているのだ。

 シュピーたちが『ミラビリス・ミアズマ・スペス=ワプ・イロジョン=デストロ=ユズレスライズ=ディスペル・フュンフ』によって、メンシオスの体を隠していた空間の歪みを解除してくれなければ、私はメンシオスを封印するどころか倒されていたし、私が倒れればルナもその時点でもう戦闘など出来ない状態になっていただろう。

 そしてミラビリス神殿の位置からファシナティオの屋敷までの間にある地味に長い距離の移動を考えたら、自分の馬を持っていて二人のシュピーぐらいならば同乗させられるメイグイの果たした役割も大きい事は分かる。

 だが、シュピーたちはレベル50以下で、メイグイもようやくレベル50を超えた程度であり、この戦場で動き回るのは、誰かしらの護衛が居てもなお、リスクが大きいと言う次元では済まないだろう。


「その子が言ったのよ。『どうしてかは分からないけど、このままじゃいけないって気が止まらないの。エオナさんを助けなきゃいけないの』ってね。だから私はそれに賛同してミラビリス神殿を出て、そうしたらちょうどメイグイさんが来たから、馬に乗せてもらったのよ」

「そ、その通りだけど……」

「シュピーさん!?」

「へぇ……」

「ほう……」

 と、ここでシュピーの本体が若干呆れ顔をしつつ、事情説明をしてくれる。

 ルナがメイグイに向ける視線は……気にしないでおこう、状況と結果が伴っているから、情状酌量はあるはずだ。

 それよりも私が気にするべきはシュピーだ。


「シュピー、それは何時から?」

「えと……エオナさんがフルムス中を茨で覆った直後くらいから……だと……思います。その……頭の奥底から声みたいなのが聞こえてきて……その声が、どの魔法を使うべきなのかも教えてくれた感じなんです」

「そう……」

 シュピーの答えに私は思わず大きく息を吐く。


「どうしたエオナ?」

「いえ、皆識りの魔骸王メンシオスの名は伊達じゃなかったと思い知らされたところよ」

「まさか……そう言う事なのか?」

「たぶん、そう言う事なのよ」

「「「?」」」

 ルナは気づいている。

 シュピーたちは気づいていない。

 しかし、シュピーの言う通りで、戦闘中に言っていたメンシオスの言葉が正しいのであれば……シュピーは何処かのタイミングでメンシオスに暗示を仕込まれていた。

 この場面で自分にとっての致命的な一打を負うための魔法を使うように動かされていたのだ。

 それも、私の『スィルローゼ・プラト・ミ・スメル=サニティ・アハト』で解除できない程に強烈な暗示でもって。


「と言うか、こうなってくると『悪神の宣戦』以降のフルムス周辺は、ほぼ全部メンシオスの掌の上にあったんじゃないかって気もしてくるわね」

「否定できないのがつらいな……」

 他にも今になって考えてみれば、おかしな点もある。

 あっと言う間にヤルダバオト神官の巣窟になったフルムスと言う街。

 羊食いの森でスタックしていたアタシプロウ・ドン。

 あれだけの大群であったのに出陣前に妨害されなかった、ファシナティオによるグレジハト村への襲撃。

 フルムスでの戦いが始まったのに、マトモに私と戦えるようなプレイヤーが出てこない点。

 私が知らないだけで、他にもおかしな点は幾つもあった事だろう。

 それらがすべてメンシオスの仕込みによるものだと言うのであれば……魂の底から凍り付くような思いである。


「だが、全てが全て、メンシオスの掌の上にあったわけではないだろう?」

「まあそうね。私をヤルダバオト神官として無理やり目覚めさせるのは半端にしか上手くいかなかったみたいだし」

 だが、ルナの言うとおり、メンシオスにとっても予想外や想定外はあったのだろう。

 その一つが私の信仰心であり、悪心を増幅されてなおスィルローゼ様の為に動くことを貫いたのは想定外であるようだった。

 なお、メンシオスのかけた魔法の効果は既に切れているため、今の私は自分の保有する能力への理解が深まり、やれる事が単純に増えただけである。


「そもそも、無理やり目覚めさせる必要に迫られた原因もたぶん想定外だったと思うわ」

「まあ、メンシオスと言えども、これを予測しろと言うのは無理か」

 そして、メンシオスもう一つの予想外は……ファシナティオの行動。

 いつの間にか地下深くに潜ったファシナティオは、屋敷の地下に集められたヤルダバオトへの信仰を増幅した上で己の身に取り込み始めていたようだった。


「悪いがエオナ、アレとの戦いで私たちからの支援は期待しないでくれ。恐らくだが、自分の身を守るので精一杯だ」

「大丈夫よ。周りを巻き込まないようにするための力は、もう私の中にあるから」

 当然ながら、そんな事は上手くいくはずが無い。

 一口に信仰と言っても、そこに込められる思いは人それぞれであるし、質も量も何もかもがバラバラ。

 ファシナティオがやっているのは何万人と言う人間の思考と思想を束ねて、取り込むような行いに等しいのだ。

 それをわざわざ、ミナモツキの力で増幅した上でやろうと言うのだから……普通ならば、万に一つも成功する余地はないだろう。


「はぁ……本当に殆ど全てがメンシオスの掌の上だな」

「この先も多分、だいぶ仕込んであるんじゃない。メンシオスだし」

 だが、私もルナも、そして他の面々も、暗に察していた。

 その万に一つをファシナティオと言う稀代の愚か者ならば、逆に通せてしまうのではないかと


「全員、最初の十数秒は自分でどうにかして。たぶん、それぐらいは必要になるから」

「それぐらいは分かっているから安心しろ。シュピーたちも私が守っておく」

 地面が揺れ始める。

 ルナたちは慌てず、けれど急いでファシナティオの屋敷から遠ざかっていく。

 私は茨の狼に跨り、槍を構え、深呼吸をした上で、大きく跳ぶ。

 そうして、見た。


「rlbqwszcsdwsqcsdwsq!!」

 屋敷の地下と一階部分を破壊して、その下に広がる未設定領域から湧いて出て来たファシナティオだったものの姿を。

 全身の皮膚が銀色の鏡張りになり、目鼻に穴がなく凹凸だけで頭から人間のパーツを刻んでくっつけた髪の毛を生やし、不気味に脈打つ血のような色の衣を身に着けた、身長30メートルを超すであろう悍ましい巨人の姿を。

 そして、巨人はドロドロに溶けあった人間たちの姿を口内に見せつつ、嬌声のようにも聞こえる叫び声を上げた。

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