11:行商人がやってきた
それから数日は特に何事もなく過ぎていった。
強いて変わったことを挙げるならば、付与の魔法を使えるようになった村人が数人出てきた事と、ジャックの信仰値が少しだけ戻って基本五魔法以外も使えるようになってきたくらいか。
枯れ茨の谷は……少しずつモンスターが増えているように感じているが、まだ大きな動きはない。
ロズヴァレ村から他の村や街に向かうにあたって通ることになる百花の丘陵も同様である。
「エオナ、行商人が来たぞ。しかもプレイヤーのおまけつきだ」
「……。私も行くわ」
そうして、私たちが『Full Faith ONLine』から『フィーデイ』に飛ばされてから、ちょうど一週間が経過した。
その日、ロズヴァレ村にはマコトリス行商協会と言う『Full Faith ONLine』の時からロズヴァレ村のような地方の村々でアイテムを手に入れるにあたってよく世話になっていた行商人が来ていた。
私とジャックと同じプレイヤーを伴う形で。
「とまあ、フルムスの様子はこんな感じっすね。あれは暫く近づけないっすねぇ」
「ふうむ、やはり何処も混乱の極致にあるようじゃのう」
「嘆かわしいことでもありますな。神官ともあろうものがそのような行為に走るとは……」
村の広場では栗毛色の髪の毛の女性……私の記憶が確かならばマコトリス行商商会の十女、シー・マコトリスが居た。
彼女は村長、それにシヤドー神官と何かを話しているようだが、どうやら、クレセート及び周囲の村々がどうなっているのかについての情報交換をしているらしい。
そして、シー・マコトリスの隣には槍を持った紫色の髪の女性が立っていた。
「シーさん。すみませんが……」
「ん、分かっているでやんすよ、シヨン。流れの神官同士で話をしてくるといいでやんすよ」
「ありがとうございます」
こちらに気付いたらしいシヨンと呼ばれた女性はシー・マコトリスに一礼をすると、私たちの方へと駆け寄ってくる。
「あの、プレイヤーの方ですよね?私はシヨンと言いまして、土と守護の神ソイクトの神官で、レベルは50です。貴方たちは……」
「俺はジャック・ジャックだ。レベル42で金と文明の神シビメタ様の神官だが……あー、引退勢だったんで実質的には素人同然だ。名前が長いんでジャックで構わない」
「私はエオナ。レベルは87。茨と封印の神スィルローゼ様の神官よ」
「ふえっ!?」
私とジャックの言葉にシヨンはあからさまに動揺する。
「まあ、引退勢が巻き込まれていると聞いたらビックリするわよね」
「い、いえ、そちらは此処までの村で同じような方を見たので……私が驚いたのはその……」
だが、どうやらジャックの出自で驚いたわけではないらしい。
ジャックと私に向けて交互に視線をやる。
「……。もしかしなくてもエオナって現役勢の中でも有名人だったのか?」
「その……」
「嘘を吐かなければ別に何を言ってもいいわよ?」
「では、失礼しますけど。エオナさんって、『スィルローゼ第一の使徒』『遅滞戦闘の毒華』のエオナ。ですよね?都市対抗模擬戦争の際にたった一人でPC、NPC含めて1万の軍勢を足止めにした」
「あー、公式の実況放送でそんな感じの二つ名を付けられた覚えはあるわね。あの時は連中がスィルローゼ様を馬鹿にしたから、思わずあらゆる手段を使っちゃったのよねぇ……いやー、たった一人のせいで肝心の戦場に辿り着けなくて戦後に仲間たちからボロクソ言われてたアイツらの顔は見物だったわ」
私の記憶に思い起こされるのは、『Full Faith ONLine』で定期的にプレイヤーを集めて七大都市対抗で行われていた模擬戦争イベントの一つ。
うん、あの時は実に愉快だった。
なにせ私が仕掛けた徹底的な遅滞戦闘と挑発、罠などによって、当時の自称トップギルド所属のプレイヤー30人と彼らに率いられた無数のプレイヤーとNPCたちが最も重要な戦場に辿り着く事が出来ず、戦争期間終了間際に私を倒す事は出来ても、戦略的な貢献度はダントツの最下位になったのだから。
「や、やっぱり……」
「どんな手段を使ったんだよ……いや、てか、まさかとは思うが……」
「あ、うん。相手は当時の自称トップギルド連中よ。実力を笠に着た連中で生意気だったのよねぇ。まあ、その件で心が折れたのか、そのギルドは解散になってメンバーもほとんどがゲームそのものを辞めたそうね」
「本当にどんな手段を使った……一人で万を止めるとか、どう考えてもゲームバランスを崩壊させてるだろ……」
「う、噂では戦場全体に多種多様な毒の茨を植えたとか、暗殺、奇襲、モンスターの誘導をしたとか、封印術で各個撃破したとかって聞いてますけど……それから信仰値もカンストしてるとか……」
「黙秘権を行使するわ。アレは早々出来る物ではないし。あ、信仰値カンストは事実よ。スィルローゼ様が255で、サクルメンテ様が100、ルナリド様は80ちょっとだったかしら」
「「……」」
私の言葉にシヨンとジャックは苦笑している。
まあ、私自身あの時は色々とやりすぎたという自覚はあるし、同じことをもう一度やれと言われても直ぐには無理だろう。
それと、思えばあの頃からだったか。
公式放送の実況を務めていたルナリド様の中の人は大爆笑しながら私の事を褒め称えてくれていたが、あのイベント以降はどうにも他プレイヤーたちから避けられやすくなった。
元々ソロか親しい友人とのパーティしか組んでいなかったので、特に問題は無かったけど。
「てか、もしかしたら今の『フィーデイ』の何処かにはアイツらも居るのかもしれないのね。ちょっと厄介だわ。こう言う状況で馬鹿をやるのってああ言うプレイヤーでしょうし」
「言われてみれば……」
「そう……なりますね。と言うより、実際にそうだったのかもしれません」
私の言葉にジャックは自分の頭をかきながら答え、シヨンは何かを思い出すように呟く。
シヨンの表情は……恐らくは高校生ぐらいであろう彼女には似つかわしくない程に暗いものだ。
「……。シヨン。もしよければだけど、今の外の状況を聞いてもいいかしら。どうにも私が想像してたよりもはるかにマズい状況になってそうだから」
「そうですね。お話します。今の街の状況はきっと皆さん知っておいた方がいいと思いますから」
そうして私はシヨンとジャックを自宅に招き入れて、シヨンから詳しい話を伺う事にした。
04/08誤字訂正
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