106:フルムス攻略作戦第二-5
「それは私の台詞よ!」
『Full Faith ONLine』であった頃から、メンシオスは多種多様な攻撃を持ち、適切な対処を求められる厄介なボスだった。
だが、幾つかの攻撃については事前の兆候から読む事が出来た。
その兆候とはメンシオスの体を構築する骨が持つ黄金色の濃さ。
輝くと言える程に濃くなれば通称『満月の相』、強烈な近接ラッシュを仕掛けてくる状態であり、その攻撃力は専門のタンクを用意する必要があるほどだった。
逆に一切の輝きを失い黒くなれば通称『新月の相』、目で捉える事が出来なくなると共に移動速度が大幅に向上して、後衛の目の前まであっと言う間に移動してこれるようになる。
「展開!」
だが、強力な能力には相応の欠点やコストが付き物であり、『新月の相』の状態では攻撃が行えないと言う弱点がメンシオスにはあった。
だから私は自分の身を守る事を考えず、メンシオスが応援を呼びに走るノワルニャンを追いかけたと判断して、茨の馬を解いて茨の領域にし、周囲に展開。
茨に触れた者を感知することで、メンシオスの位置を捉えようとした。
「は?」
メンシオスは居た。
「おっと、これはすまない。逃がさないのは貴様だ。エオナ」
私の目の前に、『満月の相』の状態になって。
「ふんっ!」
「っつ!?」
私は咄嗟に槍を両手で持ち、注ぎ込めるだけの魔力を槍に注ぎ、代行者としての力で植物化した槍を自分の一部と定義することでメンシオスの攻撃を防ごうとした。
直後、メンシオスの剣が振るわれ、私の槍とぶつかり合う。
「ぐっ……うっ……!?」
それだけで。
それだけで私の中に冷たくて、暗くて、悍ましい何かが入り込んできた。
入り込んできて、私の芯として存在する何かを掻き乱し、破壊し、崩そうとしてきた。
精神に激痛を与え、凍えさせ、狂わされるのを感じた。
「効くかぁ!」
「ほうっ!」
しかし、私はそれを耐え切った。
耐え切ってメンシオスの剣をはじき返す。
「それでこそのエオナよ!!」
「ぐっ……この……せいっ!」
直ぐにメンシオスがラッシュを仕掛けてくる。
右からも、左からも、上からも、元神官にして研究職とは思えないような腰の入った動きで剣を振るい続けてくる。
それを私は槍を操って剣の刃が直撃しないように凌ぎ続け、黒い霧の効果と思しき入り込んでくる何かを歯を食いしばって耐える。
「カッカッカッ、やはり貴様を実験対象として選んだのは正解だったな。エオナ。これまでの連中とは耐久度が段違いだ」
「嬉しくない褒め言葉ね……」
『満月の相』を解除したメンシオスが飛び退いて距離を取る。
そして私の状態を確認した上で、剣の様子を確認し、剣にかけている魔法を改良するための詠唱らしきものを始める。
「すぅ……はぁ……『スィルローゼ・プラト・ワン・ヒル・ツェーン』」
対する私は自分が負った細かい傷を癒すために回復魔法を詠唱する。
が、明らかに回復のスピードも量も落ちていた。
どうやら、メンシオスの剣が纏っている黒い霧の効果がモロに出ているらしい。
「しかし、まだ阻害が限界であり、完全停止とはいかぬか。やれやれ困ったものだ。これはもう少し実験を重ねる必要があるな」
「あ、そう……」
メンシオスの使う黒い霧の厄介なところは状態異常ではないと言う事。
と言うか、ゲームのシステムの枠の外から、生命や魂と言ったものに直接干渉してきていると言うところか。
現に私の信仰値やHPと言った数字には大きな変化は見えない。
だからこそ、この研究が完成すればメンシオスは自分を殺し切る事が出来るし、治すのであれば……こちらもゲームの枠外を利用する必要があるのだろう。
「では、次の実験を……」
幸いにして、私は、私が何を拠り所にしているかを理解している。
「茨と封印の神スィルローゼ様、どうか私の戦いをご覧くださいませ」
「ぬっ……!?」
だから、黒い霧の力で私の芯が浸食されることは防げる。
「我が信仰と精神に曇りはなく、光放つ魂に陰りもない。骨肉は穢れなき大地であり、血は淀みなき泉である。黒き霧なぞ畏れるに足りぬ。我が全ては貴方様が為にある!」
魔法ですらない祈りの言葉一つで、芯に絶対の守りを与える事が出来る。
「カッカッカッ、本当に良い実験材料だ。貴様の深奥に力を届かせる事が出来れば、必ずや吾輩の研究は完成するだろう」
「でしょうね。私も理解した。貴方の剣が最も断つ……いいえ、磨り潰すのは肉でも心でも魂でもない。磨り潰すのは信仰。リポップと言うヤルダバオトの最も基本的にして厄介な加護を消滅させる為にね」
「カーカッカッカッ!その通りだ!よく分かっているではないか!エオナアァ!!」
「ふんっ、だから嬉しくないと言っているでしょう」
メンシオスから大量に黒い霧が発せられ、メンシオスの全身にまとわりつくだけでなく、周囲にも薄く広がっていく。
それに合わせて剣の色は漆黒に近づき、元々黒かった外套に至っては空間に穴が開いているような色合いになっていく。
対する私の体からも薔薇の花弁が大量に生じ、木属性を表す青い光が薄く放たれ、黒い霧を中和するように働く。
手に持った槍……スペアアンローザも無数の薔薇を咲かせ、黒い霧を駆逐していき、清浄な領域を作り出していく。
「では実験再開だ!」
「来なさい!」
メンシオスが剣を振り下ろし、私が槍を突き出す。
「はあああぁぁぁっ!」
「ぬうううぅぅぅん!」
お互いの刃が真正面からぶつかり合う。
そして、攻撃がぶつかり合った事で衝撃波が生じ……反射魔法がかけられているはずのファシナティオの屋敷の壁が、轟音と共に吹き飛んだ。